第1、第2、第3、第4の哨戒 1944年2月 - 12月とは? わかりやすく解説

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第1、第2、第3、第4の哨戒 1944年2月 - 12月

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/15 17:57 UTC 版)

バーフィッシュ (潜水艦)」の記事における「第1、第2、第3、第4の哨戒 1944年2月 - 12月」の解説

2月2日、バーフィッシュは最初哨戒トラック諸島方面向かった2月17日トラック島空襲ではトラック周辺海域包囲する潜水艦の1隻として、トラック西方位置して脱出艦船攻撃第58任務部隊マーク・ミッチャー中将艦載機パイロットに対す支援従事した攻撃前の2月14日輸送船団攻撃し2月29日3月3日には4,000トン貨物船攻撃した担当海域撃墜され味方パイロットはいなかった。3月22日、バーフィッシュは50日間行動終えてミッドウェー島帰投した。 4月14日、バーフィッシュは2回目の哨戒日本近海向かった5月7日7時33分、バーフィッシュは北緯3314東経13440分 / 北緯33.233度 東経134.667度 / 33.233; 134.667の大島沖で、石油積んで神戸港から南方向かいつつあったドイツ柳船タンカーロスバッハ(Rossbach、5,984トン)に向けて魚雷3本発射し、うち2本を命中させてロスバッハを撃沈した6月4日、バーフィッシュは52日間行動終えて真珠湾帰投した。 7月11日、バーフィッシュは3回目の哨戒パラオ方面向かった。しかし、46日間に及ぶ行動戦果挙げることはできなかった。8月27日、バーフィッシュはマジュロ帰投した。 9月19日、バーフィッシュは4回目の哨戒日本近海向かった10月25日前後レイテ沖海戦では南西諸島近海哨戒し、落ちゆく小沢治三郎中将率い機動部隊待ち伏せたが捕らえる事はできなかった。その後小笠原諸島近海移動し特設監視艇攻撃従事した11月17日、バーフィッシュは北緯3215分 東経140度00分 / 北緯32.250度 東経140.000度 / 32.250; 140.000の地点僚艦ロンクィル (USS Ronquil, SS-396) とともに特設監視艇ふさ丸(千葉県176トン)を攻撃し撃破した。しかし、この戦闘最中にロンクィルが自艦に40ミリ機関砲誤って撃ち込んで損傷させ戦線離脱。バーフィッシュもふさ丸に止めを刺すことは出来なかった。12月2日、バーフィッシュは69日間行動終えて真珠湾帰投艦長モートン・H・レイルアナポリス1937年組)に代わった。

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