第1、第2の哨戒 1944年5月 - 8月
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「シャーク (SS-314)」の記事における「第1、第2の哨戒 1944年5月 - 8月」の解説
5月16日、シャークは最初の哨戒でピンタド (USS Pintado, SS-387) 、パイロットフィッシュ (USS Pilotfish, SS-386) と共にウルフパックを構成し、マリアナ諸島方面に向かった。6月2日の早朝にシャークは敵船団と遭遇した。この船団はサイパンから横須賀に向かっていた4530船団であり、8隻の各種貨物船と駆逐艦旗風以下の護衛艦艇で構成されていた。シャークはパハロス島西方海域でタンカーに対して魚雷を発射する。魚雷はタンカーを外れ、別の貨物船千代丸(栃木汽船、4,700トン)に命中、これを撃沈する。シャークは爆雷による反撃を回避し、哨戒を継続した。2日後の6月4日、シャークは厳重に護衛された別の船団、第3530船団を追跡する。攻撃位置へ移動したシャークの前方に駆逐艦が接近した。攻撃位置への移動に失敗したシャークは敵艦の左舷180ヤードを通過し、物資を満載した貨物船に対して15時29分ごろに4本の魚雷を発射した。この攻撃で勝川丸(川崎汽船、6,886トン)を撃沈し、護衛艦からの攻撃を回避した後シャークは浮上して追跡を継続した。6月5日午後、船団に追いつき16時45分に6発の魚雷を発射、貨客船高岡丸(日本郵船、7,006トン)は初弾を交わしたものの3本が命中し沈没、貨物船たまひめ丸(浜根汽船、3,080トン)も高岡丸被雷とほぼ同時刻に被雷し沈没した。シャークは護衛艦の攻撃を再び回避し、真夜中近くに浮上したが船団に追いつくことはできなかった。6月17日、シャークは32日間の行動を終えてミッドウェー島に帰投した。 7月10日、シャークは2回目の哨戒で小笠原諸島方面に向かった。7月19日、シャークは北緯27度08分 東経141度46分 / 北緯27.133度 東経141.767度 / 27.133; 141.767の地点で敵船団に対して4本の魚雷を発射するが、船団は鋭く方向を変え、魚雷は命中しなかった。8月1日、シャークは再び船団と遭遇、攻撃位置に移動したが、3隻の護衛艦による攻撃のため船団への攻撃を行うことはできなかった。その日の午後、シャークは硫黄島近海へ向かい、空母機動部隊の救助巡航任務に当たった。8月4日の午後、シャークは空母レキシントン (USS Lexington, CV-16) 所属の墜落した雷撃機のパイロット2名を救出した。8月19日、シャークは50日間の行動を終えてミッドウェー島に帰投。後日真珠湾に回航された。
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