第二次大戦終結から東日本大震災発生まで
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/08 02:39 UTC 版)
「飯舘村」の記事における「第二次大戦終結から東日本大震災発生まで」の解説
1956年(昭和31年)9月30日:相馬郡で大舘村と飯曽村が合併され、飯舘村が成立。村名は旧村名から一字ずつ採って合成した合成地名である。 1962年(昭和37年):福島県の事業として、新田川水系飯樋川流域の飯舘村飯樋で、岩部ダム(型式:アースダム)が竣工。 1971年(昭和46年):福島県が真野川水系真野川流域にある飯舘村大倉字松ヶ平で真野ダム(型式:重力式コンクリートダム)に着工。 1991年(平成3年):真野ダム(ダム湖名:はやま湖)が竣工。 1998年(平成10年):町域にある花塚山・野手上山・虎捕山の三山が「うつくしま百名山」(福島テレビ主催)に選定される。 2004年(平成16年):新田川下流の原町市など周辺市町と共に参画していた市町村合併協議会から離脱(参加していた市町は2006年に南相馬市を形成)し、自立の道を模索し始める。 2006年(平成18年)1月1日:原町市ほか2町が合併されて南相馬市が成立し、これによって相馬郡の構成は新地町と飯舘村の1町1村となる。新地町と飯舘村の間にも相馬市があるため、現相馬郡の両者は地理的隔たりを持つに至った。なお、飯舘村は旧行方郡、相馬市と新地町は旧宇多郡の地域である。 2010年(平成22年)9月27日:「日本で最も美しい村」連合に加盟。 2011年(平成23年)1月1日:総人口6,152人、世帯数1,715戸。 2011年(平成23年)3月11日:東日本大震災が発生(※節を改めて詳述する)。
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