竜腹寺とは? わかりやすく解説

竜腹寺

読み方:リュウフクジ(ryuufukuji)

所在 千葉県印旛郡本埜村

地名辞典では2006年8月時点の情報を掲載しています。

〒270-2327  千葉県印西市竜腹寺

竜腹寺

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/18 09:33 UTC 版)

日本 > 千葉県 > 印西市 > 竜腹寺
竜腹寺
竜腹寺
竜腹寺の位置
北緯35度48分14.2秒 東経140度11分33.5秒 / 北緯35.803944度 東経140.192639度 / 35.803944; 140.192639
日本
都道府県 千葉県
市町村 印西市
地区 本埜地区
標高
34 m
人口
2017年(平成29年)10月31日現在)[1]
 • 合計 299人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
270-2327[2]
市外局番 0476[3]
ナンバープレート 習志野
※座標・標高は竜腹寺青年館付近
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竜腹寺(りゅうふくじ)は、千葉県印西市大字郵便番号270-2327[2]

地理

北は、北東は中根、東は荒野、南東はみどり台、南は惣深新田飛地つくりや台、南西は東の原、西は草深牧の原、北西は滝野に隣接している。

歴史

龍ケ崎市の地名の由来は諸説あるが、沼の主であるが女に化けて現れ、雨を降らせ大雨が降り人々は助かったが、七日後、巨大な龍の体が三つに裂け、天から降ってきた。頭部・胴体・尾それぞれが落ちた場所にその後、「龍角寺」(千葉県印旛郡栄町)、当「竜腹寺」(千葉県印西市)、「龍尾寺」(千葉県匝瑳市)が建てられたとされる[4]

世帯数と人口

2017年(平成29年)10月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

大字 世帯数 人口
竜腹寺 114世帯 299人

小・中学校の学区

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる。住所によって通う学校が異なるので、詳細は市教育委員会学務課まで問い合わせること[5]

番地 小学校 中学校
印西市立本埜小学校 印西市立本埜中学校
印西市立滝野小学校 印西市立滝野中学校

施設

  • 竜腹寺青年館
  • 北総浄水場
  • マブチモーター技術センター
  • 龍腹寺
  • 延命地蔵尊
  • 諏訪神社
  • 厳島神社
  • 浅間神社
  • 道六神

交通

道路

脚注

  1. ^ a b 印西市の人口と世帯数”. 印西市 (2017年11月2日). 2017年11月13日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2017年11月13日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年11月13日閲覧。
  4. ^ 「龍ケ崎」という地名の由来 と龍角寺、竜腹寺、龍尾寺 at the Wayback Machine (archived 2019-12-08)
  5. ^ 印西市立小・中学校の通学区域”. 印西市 (2020年4月1日). 2020年4月13日閲覧。

関連項目


龍腹寺

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/11/22 23:56 UTC 版)

龍腹寺
所在地 千葉県印西市竜腹寺626
位置 北緯35度48分10.1秒 東経140度11分37.2秒 / 北緯35.802806度 東経140.193667度 / 35.802806; 140.193667座標: 北緯35度48分10.1秒 東経140度11分37.2秒 / 北緯35.802806度 東経140.193667度 / 35.802806; 140.193667
山号 玄林山
宗派 天台宗
本尊 薬師如来
創建年 伝・大同2年(807年
開山 慈観
正式名 玄林山勝光院延龍腹寺
文化財 梵鐘(千葉県指定有形文化財)
法人番号 2040005006499
龍腹寺
龍腹寺 (千葉県)
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龍腹寺(りゅうふくじ)は、千葉県印西市竜腹寺にある天台宗の寺院。山号は玄林山。本尊は薬師如来

歴史

天和元年(1681年)に書かれたという略縁起によれば、大同2年(807年)の創建で、開山は慈観、初めは慈雲山延命院勝光寺と号したとされ[1]、また龍福寺とも称されたが、釈命上人が雨乞いの祈願をした時、が死んでその腹が落ちた地であるため、龍腹寺に改めたとされる[2]

むかし、旱魃に苦しむ下総の村人を救うため、許しを得ずに雨を降らせた小龍が、竜王の怒りに触れ、3つに裂かれて地上に落ち、龍福寺地蔵堂の裏には腹部が落ちたので、村人は懇ろに葬り寺号を龍腹寺と改めて冥福を祈った。それ以来、降雨祈願の聖地として崇められているという[1]

当寺のほか、栄町の龍閣寺には角のついた龍の頭が落ちたので龍角寺に、匝瑳市の大寺には尾が落ちたので龍尾寺と寺号を改めたといわれる。なお、近隣の木下廃寺を本来の龍腹寺に、匝瑳市の大寺廃寺を龍尾寺に充てると、いずれも山田寺式の系譜を持つ軒丸瓦を採用した7世紀後半の初期寺院であり、寺院の繋がりが想定され興味深い[3]

当寺が最も栄えたのは、鎌倉室町時代で、嘉吉2年(1442年)に千葉胤直によって五重塔が建立され、その鋳銅棟札には寺号が見える。南北朝時代の作とされる千葉県指定有形文化財の梵鐘には「印西荘龍腹寺玄林山大鐘」と刻まれている[1]

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク




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