白石潔(しらいし・きよし)
1904年(明37)、東京生まれ。明治大学政治経済学部卒。別名幽鬼太郎。奇人としても知られる。
1948年(昭23)、読売新聞社内に「探偵小説を愉しむ会」を結成。
1949年(昭24)、評論集「探偵小説の郷愁について」を発表。捕物帖を「季の文学」と規定した。
1949年(昭24)、報知新聞編集局長として、江戸川乱歩に戦後最初の小説「断崖」を執筆させた。
1950年(昭25)、「新青年」に掲載された木々高太郎主宰の文学派座談会「抜き打ち座談会」に触発され、香山滋、山田風太郎、島田一男、高木彬光、三橋一夫、武田武彦、香住春作、島久平とともに本格派擁護のために鬼クラブを白石潔が主宰して結成。しかし、本来、白石潔自身は文学派に属していた作家だった。
1957年(昭32)、碧川浩一名義で「借金鬼」を「宝石」に発表。1960年(昭35)に短編集「美の盗賊」としてまとめられ、第43回直木賞候補作となった。
1963年(昭38)、木々高太郎を中心とし、椿八郎、鷲尾三郎、氷川瓏らとともに同人誌「詩と小説と評論」を創刊。
1968年(昭43)、肝硬変のため死去。
白石潔
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白石 潔(しらいし きよし、1952年2月19日 - 、愛媛県南宇和郡愛南町出身)は、日本の芸術家(油絵画家)。額縁制作や屏風制作も手掛け、主に日本国内とドイツで活動を行なっている。国際学院埼玉短期大学幼児教育科の非常勤講師。感性脳科学教育研究会の会員。
経歴
- 1952年 - 2月19日に愛媛県南宇和郡愛南町で誕生。
- 1971年 - 大阪芸術大学を経て、日展洋画部門依嘱作家の里見明正に師事。
- 1977年 - 埼玉県羽生市にアトリエを独立(絵画教室を併設)。
- 1995年 - 国際学院埼玉短期大学幼児教育科の非常勤講師に就任。
- 2000年 - 感性脳科学教育研究会の会員。
2013年現在、油絵の他に屏風制作も手掛けており、日本とドイツを繋ぐ活動も行なっている。ドイツ国内に到来した日本ブームにより現地のファンが多く、和の心を持つ日本人画家として有名である。
個展
- 2006年 - 白石潔 展
- 2007年 - 白石潔 展
- 2009年 - 白石潔 展
- 2010年 - 白石潔 展
- 2011年 - 白石潔 展
- 2012年 - 白石潔 展
- 2013年 - 白石潔 展
- 2014年 - 白石潔 展
- 2015年 - 白石潔 展
グループ展
- 2010年 - 夏の特選絵画市
- 2010年 - 紙のしごと展
- 2012年 - 一陽来復 特選絵画市
- 2012年 - 株式会社ギャラリーステーション 詩とアートが出逢うとき展
- 2012年 - プチ・タブロー展
- 2014年 - 新春絵画市
参考文献
- 『月刊ギャラリー』通巻324号、株式会社 ギャラリーステーション、2012年4月1日、70頁参照
- 『美術の窓』No.379、株式会社 生活の友社、2015年4月号、202頁・204頁参照
外部リンク
- 白石潔のページへのリンク