異本阿蘇氏系図とは? わかりやすく解説

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異本阿蘇氏系図(科野部分)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/15 01:13 UTC 版)

諏訪氏」の記事における「異本阿蘇氏系図(科野部分)」の解説

田中卓1956年昭和31年)に九州発見した数点の阿蘇家系図(『異本阿蘇氏系図』として1960年昭和35年)に公表)の中には科野国造氏族であった金刺氏(後の下社大祝家)を記したものがある。この系図には『神氏系図大祝家本)』にも見られる名前があることから、金井美らは「金刺氏諏訪社創立者で、神氏諏訪氏)は金刺氏分家」とする見方提出したこうした説は一時的に主流と言えるほどになったが、1990年代以降はこれに反対する意見次々と出た。 この系図においては阿蘇神社祭神武五百建命の子孫の金弓君(金刺舎人始祖の子・麻背君が科野国造復帰、さらにその子の倉足(くらたり)は諏訪評督となる。 倉足の弟・乙頴は「諏訪大神大祝」で、『大祝神氏系図』に見られる神子(熊子)」と比定されている。 乙頴、一名神子、又は熊子と云ふ。生まれて八歳にして、御名方富命大神化現し、御衣神子脱ぎ着せ、勅して曰く、「吾に体無し、汝を以て体と為す」と。磐余池大宮朝二年丁未三月社壇湖南山麓に構ひ、諏訪大神及び百八十神祭りて、千代田の忌串を刺し之れを斎き奉る。(原漢文) 『異本阿蘇氏系図』の科野部分大祝本神系図』にも出てくる名前に下線引いてある。 武五百建命建磐龍命科野国造 健稲背命科野国造 健甕富命科野国造 健諸日古命(健諸日別命)健隈照命養育される 女健隈照命の妻 健莒止理命 健守矢命 伊努古君 世襲彦命 武麻呂 大磐君 金弓君(金刺舎人祖) 麻背君(五百足君)科野国造 目子他田氏祖) 倉足諏訪評督 乙穎(神子・熊古)諏訪大神大祝 狭野諏訪評督 隈志侶大祝 百枝諏訪郡弟兄大祝

※この「異本阿蘇氏系図(科野部分)」の解説は、「諏訪氏」の解説の一部です。
「異本阿蘇氏系図(科野部分)」を含む「諏訪氏」の記事については、「諏訪氏」の概要を参照ください。

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