生成文法
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言語学 |
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生成文法(せいせいぶんぽう、英: generative grammar)は、ノーム・チョムスキーの 『言語理論の論理構造』(The Logical Structure of Linguistic Theory、1955/1975)、 『文法の構造』(Syntactic Structures、1957)といった著作や同時期の発表を契機として起こった言語学の理論である。
概論
チョムスキーの示したドグマ・ドクトリンとしては、脳の言語野に損傷を持たない人間は幼児期に触れる言語が何であるかにかかわらず驚くほどの短期間に言語獲得に成功するが、これは言語の初期状態である普遍文法(英: universal grammar, UG)を生得的に備えているためであると考える。生成文法の目標は、定常状態としての個別言語の妥当な理論を構築し(記述的妥当性)、第一次言語獲得における個別言語の獲得が成功する源泉としての初期状態であるUGの特定とそこからの可能な遷移を明らかにする(説明的妥当性)ことである。そして言語を司る「器官」を心/脳のモジュールとし、言語学を心理学/生物学の下位領域とする。
しかし、以上のような考えが根底にはあるが、テクニカルには主として句構造規則からの「生成」(数学における「生成」に由来しており、むしろ「定義」の意味に近い)による文法、句構造文法を主として言語(もっぱら自然言語だが、次に述べるように形式言語にも波及した)を扱うことを特徴とする言語学である。またチョムスキーによれば「生成」という語は明示的であるということを意味する(ただし、「生成」の意味には変化があるとしてジェームズ・マコーレーの批判がある。チョムスキーはそれを否定しており、変化は無いとしている)。
言語学的には自然言語を対象として広がった分野であるが、前述のテクニカルな面は形式言語との親和性もあり、「チョムスキー階層」などは「形式言語とオートマトンの理論」と呼ばれる数理の分野における基本概念となっている。
生成文法は音韻論、形態論、意味論、言語獲得など一般に扱うが統語論が主となっている。以下では統語論に話題を絞り、他の領域に関してはそれぞれ関連記事を参照されたい。
生成文法のうち、変換を含む言語理論は計算上非現実的として変換を含まない生成文法があり、区別して非変換(論的)生成文法ということがある。
生成文法の基本的考え方
生成文法前史
生成文法以前にアメリカで主流であった言語学は構造主義言語学であった。ヨーロッパにおける構造主義言語学と区別してアメリカ構造主義と呼ばれることもある(ヨーロッパにおける構造主義言語学は、一般にソシュールが祖とされ、いわゆる「近代言語学」とも。なお、単に「構造主義」で特にヨーロッパの側のほうを指すことも多い)。
アメリカ構造主義言語学は、与えられた音声データから一定の手続きに従って音韻論、形態論、統語論と記述を進めるというものであるが、音素や形態素の分類が行われれば一応の目的達成とされるものであった。これはヨーロッパの言語とは系統的に無関係で、アプリオリに分析の方法が与えられていないネイティブ・アメリカンの言語を記述するための方法論として発展してきたことをひとつの大きな契機としている(詳細は構造主義言語学の記事を参照)。
関連事項として、当時の心理学は行動主義心理学の全盛期であり、人間の行動をすべて刺激とそれへの反応が一般化したものと捉え、直接観察可能でない心的現象行動についても観察可能な行動に還元する傾向にあったことがあげられる。心的現象に関わる意味論は心理学のこのような傾向に歩調を合わせる形で優先順位を後にされ、生成文法の萌芽期と時期的に重なる成分分析まで延期されていた。また、アメリカ構造主義は「科学的方法」を看板としていたが、科学哲学としては論理実証主義を背景として検証可能なもののみを言語学の対象としていたが、その対象を自ら狭め、また音素、形態素の認定に意味が果たす役割には無自覚であるか、あえて不問に付していた。
その結果、アメリカ構造主義においては多くの言語を対象としたデータの膨大な蓄積をもたらしたが、その一方で伝統的言語研究とは断絶状態となって多くの重要な設問は禁止された状態にあり、データの蓄積が言語に対する洞察を深めることにはならなかった。
生成文法以前の「生成文法」
生成文法は合理論に与し、アメリカ構造主義の経験論に対立する。生得的な知識に関しては古代ギリシアの哲学者プラトンの対話篇『メノン』に現れる数理的知識の議論がある。文法としては古代インドのパーニニによる文典が最古の「生成文法」とされる。チョムスキーが生成文法をデカルト的(cartesian)と冠していることからわかるように、ルネ・デカルトの思想は生成文法に大きな影響を与えている。また、アメリカ構造主義の重要な言語学者とされるレナード・ブルームフィールド、エドワード・サピアの研究に「生成文法」を先取りする考えが含まれており、また伝統的研究に属すると言えるオットー・イェスペルセンの英語の分析は現在においても重要な影響を与え続けている。
言語能力と言語運用
非本質的な要因の関与を排除して理想化をほどこした、個別言語の話者の脳に内在する言語機能を言語能力と呼び、それを利用した、注意力・記憶力の限界、発話意図の変更、物理的制約などの要因の影響を受ける言語使用の側面を言語運用と呼んで区別した。言語能力と言語運用の区別はしばしばソシュールのラングとパロールの区別と対比されるが、これらは社会的側面と個人における実現という区別であり、全く異質なものである。
容認性と文法性
生成文法は、言語現象のあらゆる現われをデータとするが、そこで重要なのは母語話者の判断である。母語話者の判断は、その人が持つ言語の直観を反映するが、そこには様々な要因が組み合わさって現象する。その直観を反映した判断を容認性と呼ぶ。上で述べたような事情から、容認性判断は言語能力を直接反映したものとは言えない。研究の過程で非本質的な要因を除外していくと、最終的に目的としている文法にたどり着くと考えられる。この文法に照らし合わせた構造記述の適格性を文法性と呼ぶ。究極的には、真の文法が得られた場合に限り文法性の評価が可能となる。なお、言語学の慣用として、容認不可能なデータの前に'*'(アステリスク、星印)を、容認不可能とは言えないが許容度のかなり下がるデータの前に'?'を付すことになっている。
生成文法と言語獲得
生成文法は言語獲得を説明することも課題として掲げている。
乳幼児は第一次言語獲得において、生後半年ほどでまわりの大人の話す個別言語の弁別素性(例えば音素)を特定し、一年ほどで多くの音と意味の結びつきを覚える。さらに一語文の時期を経て二語以上の語からなる構造を持った発話を産出するころには、基本的な統語構造をほぼ獲得しているものと見られる。
言語獲得は生得的な初期状態であるUG(普遍文法)から定常状態である個別言語への遷移と理解され、生成文法は、自然言語であればどのような個別言語の状態へも遷移可能なだけ豊かで、第一次言語獲得が短期間になされること、自然言語としてあり得ない言語へと遷移できないことを保障するだけ十分に制限されたUGを特定することを課題の一つとする。この課題を達成する理論を説明的妥当性を備えた理論という。
生成文法以前には、生得的構造を仮定せずに類推によって言語は獲得されると考えられることも多かったが、類推の基礎になるデータがないにもかかわらず、自由に構造が生成されるという事実がある。これはプラトンの問題、言語獲得についての論理的な問題などと呼ばれる。また、幼児はどのようなものが正しいかという情報を得ることができないこと(否定証拠の欠如)も指摘される。
普遍文法の求め方
説明的妥当性を持つ理論は初期状態である普遍文法(UG)の性質を記述する。ではUGの性質を知るにはどのようにしたらよいのであろうか。以下は黒田成幸の説明に基づく。子供は、自分の周りの大人が話す個別言語Lのデータを基にして、Lを獲得する。その際の、データを入力として個別言語を出力とするものを言語獲得装置(language acquisition device、LAD)ということがある。LADを関数とし、そこに入力されるデータをlとすると、言語獲得を次のように定式化することができる。