生命の森
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/04 16:49 UTC 版)
原作は、このオペラでは第2幕にあたるビストロウシュカの結婚で終わっている。ヤナーチェクは台本を作成する際に、様々な工夫をして第3幕を書き足した。書き足された第3幕で演じられ、語られるものこそ、ヤナーチェクが語りたかったことであり、それゆえに彼はこの第3幕第3場が自分の葬儀で演奏されることを望んだのである。それは東洋の輪廻思想にもつながり、現代のエコロジー思想にもつながる生命の再生、自然のサイクルということである。この生の円環(えんかん)や照応は観念上のものであるよりは、ヤナーチェクの生活上の体験から感得されてきたものである。ヤナーチェクは、彼の父が音楽を教えたパヴェル・クルジージュコフスキーに音楽を学んだ。クルジージュコフスキーが父イジーと出会ったのも、ヤナーチェク自身が修道院でクルジージュコフスキーに出会ったのも、少年が11歳の時であった。また3歳の時に父親を亡くしたフィルクスニーにヤナーチェクは音楽を教えたが、自身は息子を2歳半で亡くしている。 また、生命を語ることは性を語ることである。『利口な女狐の物語』では随所に性を扱う箇所が見られる。第1幕第2場で犬のラパークが恋というものがわからないと言うと、ビストロウシュカは自分が見た小鳥の交尾を語る。第2幕第4場の雄狐ズラトフシュビテークとビストロウシュカとの恋の駆け引きはこのオペラの見所の一つであり、濃厚な音楽がつけられている。巣穴に巨大なベッドを用意する露骨な演出で演じられたこともある。そして夜が明けて彼らの結婚式の場面となる。原作ではこの結婚式はごく簡単に語られているにすぎないが、ヤナーチェクはこれを拡大し、祝祭的なクライマックスとした。この場面を描くことにより、第3幕で子狐を登場させることが可能となったのである。そして第3幕第3場で森番は、結婚式の翌日に森で新妻と寝ころんだと歌い、性交渉を暗示する。森は命をはぐくむ場所であり、老いた身を再生させる場所なのである。この歌を歌うために森番の役割は原作に比べ、はるかに重要なものとなっている。 モラヴィアの森を描く際、ヤナーチェクの音楽語法「発話旋律」、すなわち話し言葉の抑揚と音楽のメロディを一致させる手法は、オペラの持つ土俗的要素を強調する上で実に有効に機能しており、生き生きとした描写の成功に貢献している。
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