甘縄神明神社とは? わかりやすく解説

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甘縄神明神社

(甘縄神明宮 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/03/09 15:42 UTC 版)

甘縄神明神社

拝殿
所在地 神奈川県鎌倉市長谷一丁目12番1号
位置 北緯35度18分52.2秒 東経139度32分13.2秒 / 北緯35.314500度 東経139.537000度 / 35.314500; 139.537000座標: 北緯35度18分52.2秒 東経139度32分13.2秒 / 北緯35.314500度 東経139.537000度 / 35.314500; 139.537000
主祭神 天照大御神
社格 旧村社
創建 和銅3年(710年
本殿の様式 神明造
別名 甘縄神明宮、甘縄神明社
例祭 9月14日
地図
甘縄
神明宮
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参道階段
鳥居

甘縄神明神社(あまなわしんめいじんじゃ)は、神奈川県鎌倉市長谷に所在する神社。旧社格村社。鎌倉市最古の神社とされている[1]

もと甘縄神明宮甘縄神明社などと呼ばれていたが、1932年昭和7年)に神社名となった[2]

祭神

主祭神
配祀神

概要

当社の略誌によれば、和銅3年(710年)に行基が草創し、豪族染屋時忠によって創建されたといわれる。

源義家源頼義が下向に際して当社に祈願し出生したと伝えられており、永保元年(1081年)に当社を再興している。

上記の理由もあり、源氏将軍家から篤く崇敬を受けたという。

また、社の南方には源頼朝側近である安達盛長の屋敷があったと伝える「安達盛長邸址」の碑もあるが、近年では御成町今小路西遺跡に建っていたとする説が有力である[2]

もと甘縄院という別当寺院も存在したが、神仏分離によって廃されたといい、1887年明治20年)には長谷寺の鎮守である五社明神が合祀された。

なお、現存する本殿や拝殿は、1937年昭和12年)に再建されたものである[2]

交通

脚注

  1. ^ PHP新書『鎌倉の寺社122を歩く』p.195
  2. ^ a b c 吉川弘文館『鎌倉古社寺辞典』、p.116

参考文献

関連項目

外部リンク




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