狸毛筆奉献表〈伝弘法大師筆/〉
狸毛筆奉献表
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/09 14:27 UTC 版)
空海は帰国後、筆匠・坂名井清川に唐の技法を教えて、楷・行・草・写経用の狸毛筆(りもうひつ)4本を作らせ、これを弘仁3年(812年)6月7日、嵯峨天皇に献上した。その際、空海が書いたと伝えられる上表文が『狸毛筆奉献表』(りもうひつほうけんひょう)であり、唐製に劣らぬ出来ばえであると記している。この献筆表は醍醐寺に国宝として現存する。原文は以下のとおり。 狸毛筆四管 真書一 行書一 草書一 寫書一 右伏奉昨日進止且教筆生坂名井清川造得奉進 空海於海西所聴見如此 其中大小長短強柔齊尖者随星好各別不允聖愛 自外八分小書之様蹋書臨書之式雖未見作得具足口授耳 謹附清川奉進不宣 謹進 弘仁三年六月七日沙門 進 — 『狸毛筆奉献表』 『性霊集』巻4には献筆表を2つ含んでおり、この『狸毛筆奉献表』と、もう一つは同年7月、皇太弟(後の淳和天皇)に献じたときの『春宮に筆を献ずる啓』である。この中で空海は、「彫刻に利刀が必要なように、書には筆が第一に大切で、書体の違い、字形の大小ごとに筆を変える用意が肝要である。」と自らの意見を披瀝している。 『風信帖』の3通目(『忽恵帖』)の書線の際(きわ)に筆の脇毛がたくさんあるが、このことから空海が用いた筆は禿筆であることがわかる。その禿筆を巧みに操りながら、筆の性質状態を活かしきる力量、これこそが、「弘法筆を択ばず」の本意である。
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