特許制度の歴史
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/05 02:59 UTC 版)
詳細は「特許法の歴史」を参照 英語で特許を意味する"patent"の語源は、ラテン語の"patentes"(公開する)であるといわれている。 中世ヨーロッパにおいては、絶対君主制の下で王が報償や恩恵として特許状を与え、商工業を独占する特権や、発明を排他的に実施する特権を付与することがあった。しかし、これは恣意的なもので、制度として確立したものではなかった。 イタリアのヴェネツィア共和国では、現在知られる限り最初の特許は、1421年に、ブルネレスキに与えられ、1474年には世界最古の成文特許法である発明者条例が公布された。このことから、近代特許制度はヴェネツィアで誕生したとされている。 1623年にイギリス議会で制定された専売条例(英語版)は、それまでエリザベス1世とジェームズ王が塩税やデンプン税のため恣意的に認めてきた特許を原則禁止にした。例外的として発明と新規事業のみは、一定期間(最長14年間)に限って独占権を認めるとともに、権利侵害に対する救済として損害賠償請求を規定した。この条例の制定により特許制度の基本的な考え方が確立した。専売条例は後にジェームズ・ワットの蒸気機関(1769年)や、リチャード・アークライトの水車紡績機(1771年)などの画期的な発明がなされる環境を整え、英国に産業革命をもたらした。 1883年には、工業所有権の保護に関するパリ条約(パリ条約)が締結され、内国民待遇の原則、優先権制度、各国工業所有権独立の原則など、特許に関する国際的な基本原則が定められた。
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