渡島丸型 渡島丸、日高丸、十勝丸の概要
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「渡島丸 (2代)」の記事における「渡島丸型 渡島丸、日高丸、十勝丸の概要」の解説
当初は津軽丸型の客室部分を省略した車両渡船を計画していたが、青函航路では急増する貨物需要に対応しきれず、1966年(昭和41年)以降は下り貨物に輸送制限を加えるに事態に至り、国鉄本社の運輸部門からの積載車両数増加の強い要請を受けることとなった。このため、船内軌道を可能な限り伸ばすため、旅客扱いしない前提で、船の全長を伸ばすこととし、当時の岸壁有効長や青森港の狭隘な操船海面から許される最大限の長さ として、津軽丸型より12.6m長い全長144.6mとした。このため、旅客扱いできる青森第1岸壁では、係留に余裕なく、函館第1岸壁では、船首が第2岸壁まで突き出してしまい第2岸壁での離着岸に支障をきたすため、青森側は第2岸壁、第3岸壁、函館側は第3岸壁、第4岸壁のある有川桟橋限定使用であった。 津軽丸型では、多くの新しい機器類や制御システムがほとんどぶっつけ本番で導入され、第7船の十和田丸(2代)でようやく完成品の域に達したものも多かった。このため渡島丸型では、基本的にこれらの仕様は十和田丸(2代)に準拠していたが、ここに至る過程で実用にならなかったり、使用されなかったものは省略された。 船体塗装色も十和田丸(2代)にならい、3隻とも外舷下部と煙突をオレンジ色(2.5YR6/13)、外舷上部を象牙色(2.5Y9/2)、煙突鉢巻を白(N-9.5)、後部煙突兼マストの下半分を銀色とした が、塗り分け線は中甲板レベルへ下げられていた。しかし、これではこの3隻を遠方から識別できないため、後部煙突兼マストの上半分を、渡島丸(2代)では黒く(N-1.5)塗装し、日高丸(2代)では後部煙突兼マストの上半分のさらに上半分をオレンジ色(2.5YR6/13)に、上半分の下半分を黒(N-1.5)とし、十勝丸(2代)では上半分の上半分を銀色に、上半分の下半分を黒(N-1.5)としたが、1977年(昭和52年)に、日高丸(2代)が後部煙突兼マストの上半分を外舷上部と同じ象牙色(2.5Y9/2)に、十勝丸(2代)も同部を外舷下部と同じオレンジ色(2.5YR6/13)に改めた。
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