決勝戦にまつわるエピソード
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/03 03:48 UTC 版)
「第63回全国高等学校ラグビーフットボール大会」の記事における「決勝戦にまつわるエピソード」の解説
この年の決勝戦は、以下のような複数のエピソードが重なった結果、後に「高校ラグビー史に残る名勝負」「伝説の一戦」と語り継がれる試合となった。 大分舞鶴主将のFB福浦孝二は、決勝戦の日が自身の鹿屋体育大学の推薦入試受験日と重なっていたために決勝への欠場を予定していたが、同校の決勝進出と福浦の受験を知った大学側が福浦の受験時間を3時間繰り上げる配慮を行い、受験後飛行機で直ちに大阪に戻って試合に臨むことが出来たという。 試合は天理が終始リードする展開の中、後半インジュアリータイム突入から4分30秒後、天理のタッチラインを狙ったミスキックを大分舞鶴が拾いそのまま持ち込んでトライ。16-18の2点差とし、その後のゴールキックが決まれば同点で両校優勝となるシチュエーションで、キッカーは主将の福浦。しかし福浦のキックはゴール左に逸れ、直後にノーサイドの笛。天理の優勝・大分舞鶴の準優勝が決まり、福浦は放心したままくずおれかけ、かろうじて踏みとどまった。 この試合を何気なく自宅のテレビで観戦していた松任谷由実は、「どんなに悔やんでも、高校生が部活を辞めたら、次のシーズンは、自分と同じゼッケンをつけて駆けてゆく誰かを見ていることになる。その情景が思い浮かんで、ぐっと来てしまいました」といい、試合後の情景を綴った「ノーサイド」を作詞・作曲した(アルバム『NO SIDE』に収録)。この曲は後に2014年の国立競技場最後の早明戦後のセレモニーで歌われる など、ラグビーを題材とした代表的楽曲となるとともに、松任谷の代表曲の1つとなっている。 この試合から30年後の2014年4月27日、近鉄花園ラグビー場にて行われた「第8回関西ラグビーまつり」のメインイベントとして、当時の両校の選手が集まり「再戦」を実施。交代人数の制限を設けないなど特別ルールながら41-22で大分舞鶴が勝利し、“30年前の雪辱”を果たした。
※この「決勝戦にまつわるエピソード」の解説は、「第63回全国高等学校ラグビーフットボール大会」の解説の一部です。
「決勝戦にまつわるエピソード」を含む「第63回全国高等学校ラグビーフットボール大会」の記事については、「第63回全国高等学校ラグビーフットボール大会」の概要を参照ください。
- 決勝戦にまつわるエピソードのページへのリンク