永徳百首とは? わかりやすく解説

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永徳百首

主名称: 永徳百首
指定番号 2461
枝番 00
指定年月日 1990.06.29(平成2.06.29)
国宝重文区分 重要文化財
部門種別 書跡・典籍
ト書
員数 12巻
時代区分 南北朝
年代
検索年代
解説文:  永徳百首は、永和百首とも称し、『新後拾遺和歌集【しんごしゆういわかしゆう】』の撰定に際して後円融天皇召したもので、永和元年一三七五十月翌年二月までに詠進すべき命が下ったが、実際に詠進されたのは大幅に遅れ、永和四年には詠進者の追加があって、全員のものが集まったのは永徳年間一三八一-八四)と推定されている。本百首にはまとまった写本伝存せず、これまで個人百首写本として四名のものが知られるほかは、勅撰集詞書等から二九名の詠進知られていた。
 冷泉家伝存するのは、九条忠基西園寺実俊四辻善成勘解由小路兼綱、小倉実遠、二条為遠小倉実名日野資教冷泉為尹八条為敦、柳原資衡、津守国量の一二名のものであるいずれも厚手楮紙継いで書かれ、端作は「夏日百首和歌」(忠基)、「詠百首和歌」(実俊)などとあり、位署嘉元文保のものに比して簡略で、散位場合除いて位階を記さず、「朝臣」等の姓、名の下の「上」の下附記していない。本文は春二十首、夏十五首、秋二十首、冬十五首、恋二十首、雑十首で、計百題のもとに一題一首を上句・下句の二行に書いている。虫損等のため文字欠けた箇所もあり、冷泉為尹のものは前半欠き以下三八首を存するのみとなっているが、他は百首存している。
 この一二名のうち、小倉実名これまで永徳度の百首詠進知られておらず、他の一一名についても、その百首内容は、この冷泉家時雨亭文庫に伝わる原本によってはじめ知られるのである
 嘉元文保百首とともに中世貴族自筆仮名資料として書道史上にも注目され勅撰集撰定に際して百首和歌詠進者の自筆原本として中世国文学史上価値が高い。



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