永井一郎の意見
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/18 08:31 UTC 版)
1981年9月、永井は『機動戦士ガンダム』(1979年 - 1980年放送、総監督:富野喜幸)の資料集『ガンダムセンチュリー』に寄稿した『細胞でとらえた演技』において、1962年の論争への反論を行っている。 永井は俳優座養成所を卒業し、俳優座の衛星劇団の一つであった劇団三期会に1956年から参加した。その後、劇団が請け負った海外ドラマの吹き替えの仕事をきっかけとして、声優のキャリアも始まった。そのような経歴の俳優である永井は、東野英治郎や千田是也とは決して遠くは無い出自であった。永井によれば、その後長い間演技論上の反論は出なかった。永井自身も東野の演技論に縛られていたが、体育学者の勝部篤美による、実際に体を動かさなくてもイメージするだけで筋肉に放電が起こるという1972年の研究報告にヒントを得る事となる。 永井は東野の意図を「若い人のギャラを増やしてやろうという暖い心からのものだったろう」と推し量りつつも、東野や夏川の論は「舞台帝国主義のようにきこえる」と批判した。俳優の仕事とは、東野が述べたような「役の人物を創造するもの」ではなく、作家が創造した「役の人物を肉体化することだ」とし、その肉体化については、行動を基礎単位とするスタニスラフスキーの演技論にベクトルの概念を組み合わせ、先述した勝部の報告を援用して、体を動かさない声優の演技においても「強い行動のイメージを持ちえた時には、筋肉は放電するはずである。細胞のベクトルが揃うはずである」と論じ、イメージすることによって役の行動の方向に体中の細胞のベクトルが揃った時、声帯の細胞のベクトルも揃い、的確に動いたり、声を出すことができる、というあらゆる分野に適用できる演技論を導き出し、舞台俳優の演技も声優の演技も本質的に違いはないと結論した。永井は東野、安部、夏川の実名を挙げず、イニシャルを用いている。 なお、永井は同評論において、竹内敏晴著『ことばが劈かれるとき』(1975年、思想の科学社)、野口三千三著『原初生命体としての人間』(1972年、三笠書房)の二冊を紹介している。 声優になりたい諸君!! どのジャンルの仕事も本質は同じなのだが、結果に於て舞台の演技を勉強することをおすすめする。余程の才能の持主でない限り、マイク前で声の演技だけを続けながら、体中の細胞のベクトルが揃うのを学ぶのはむつかしすぎる。舞台の演技の訓練で、まず、人の目の前では、ただでもバラバラになる細胞のベクトルを、「揃えて行動すること」を覚える。次にイメージした人間の細胞のベクトルに自分の細胞のベクトルを合せて行動することを覚える。こうして、演技することの基礎を体で覚えてから、声の仕事に入っていただきたい。イメージに従って意識的に体中の細胞を揃えるってむつかしいことだ。きっとオリンピック体操選手に匹敵する訓練が必要だ。しかし、これがやれなければ、長く生き残る本当にいい声優にはなれない。演技の訓練は、舞台の方が効率がいい。 — 細胞でとらえた演技
※この「永井一郎の意見」の解説は、「アテレコ論争」の解説の一部です。
「永井一郎の意見」を含む「アテレコ論争」の記事については、「アテレコ論争」の概要を参照ください。
- 永井一郎の意見のページへのリンク