死刑囚の主張
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/20 14:22 UTC 版)
Aの証言は以下の通り。 事件当日、Aは度々家出を繰り返していた高校生の娘を探すために自家用車で三崎町を訪れていた。食料品店近くで路上駐車していた自家用車で仮眠を取っていたが、足音で目を覚ました時は午後11時5分だった。車の横を「長靴を履いた、右腰に手拭をさげ、髪はオールバックで中肉中背の男」(真犯人とされる)が食料品店のシャッターを開けて入って行くのを目撃した。その後、帰ってきた店主が路上駐車していた顔見知りだったAと会い、挨拶程度の会話をして店主は自分の食料品店に入った。その直後、食料品店から男(真犯人とされる)が走って出てくるのを見て食料品店に入ると、店主と妻が刺殺されているのを目撃。Aは娘と付き合っている不良仲間からの護身用として持っていた小刀を出したが、それが店の外で目撃されただけである。 他に犯人が残したゴム靴の足跡(25.5cm~26cm)とAの足のサイズ(長さ27cm)が一致しないこと、唯一生存した息子が「もの凄い勢いで階段を駆け上がった犯人」を目撃したと証言しているが足の不自由(身体障害者手帳を所持していた)だったAと一致しない、唯一生存した息子は父親と雑談する犯人が煙草を吸うのを目撃してその煙草の吸殻が現場に残されたが血液型も不明のまま紛失となっているなどが冤罪の根拠となっている。そのため、Aは自分が犯人ではないとして再審請求していた。Aは死刑廃止も主張しており、「死刑囚からあなたに。」という本で「冤罪をなくすためには死刑廃止しかない」と主張していた。 Aの死去後も再審を支援する団体の活動は続けられており、2010年3月18日には横浜地方裁判所横須賀支部は、唯一の物証であるとされる、Aが持っていた大工道具袋に付着していた血液のDNA鑑定を行うことを決定(この血液は被害者と血液型が同じであり裁判では被害者の血液とされたが、A自身は自分の血液であると主張していた)。その後、鑑定結果により、大工道具袋の血液のDNAはAのDNAとは異なることが判明し、Aや弁護側の主張は否定された。
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