歴史的な不正確さ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/18 05:21 UTC 版)
「デラウェア川を渡るワシントン」の記事における「歴史的な不正確さ」の解説
この絵にはしばしば議論される歴史的な不正確さ、すなわち旗が時代にあっていないことが言われている。 この旗は当初のアメリカ合衆国の国旗(「星条旗」)が描かれているが、そのデザインはワシントンがデラウェア川を渡った時には存在していなかった。このデザインは1777年6月14日に第二次大陸会議の国旗決議案で規定されたものであり、9月3日に初めて掲揚されており、ワシントンの故事のあった1776年暮れからはかなり後のものである。この旗を歴史的に正しいものにするとすれば、ワシントン自身が1776年1月2日にマサチューセッツのケンブリッジで、大陸軍の軍旗および最初の国旗として公式に掲揚したグランド・ユニオン旗になっていたはずである。 美術的な関心によってその他にも歴史的(および物理的)正確さからの逸脱が言われてきた。例えば、(間違った形の)船はあまりに小さくて乗船者全てを運び浮かんではいられないように見えるが、漕ぎ手の兵士達の苦闘を強調している。昇り来る朝日の側に幻想的な光があり、前面の漕ぎ手の顔や水面の陰に現れているが、これが奥行きを与えている。渡河そのものは真夜中に行われたのであり、自然の光があるはずも無かったが、そのままに描けば全く違った絵になったことであろう。川はライン川をモデルにしており、そこではこの絵に描かれているように氷がゴツゴツした氷塊になるのだが、デラウェア川では通常起こる広いシート状のものではない(ただし当時起こっていた小氷期のためにデラウェア川が絵に描かれているように凍っていたと考える者もいる)。またワシントンが渡った所と言われるデラウェア川は絵に描かれているよりも遥かに狭い。渡河中は雨が降ってもいた。さらに兵士達は船で馬を渡さなかった。最後にワシントンの姿勢は明らかに英雄的肖像に描いた意図があるが、渡河中の激しい嵐の中で維持できるとは考えられない。この絵の歴史的正確さを論う人は、伝統的にワシントンが座っていただろうと言ってきた。しかし、歴史家のデイビッド・ハケット・フィッシャーは船の底にある氷のような水を避けるためにあらゆる者が立っていたはずだと主張した(実際の船は船端が少し高かった)。地理的に見ると歴史的目標とは反対側に進んでもいる。この絵の最後の欠点は、実際にはワシントンの渡河部隊に女性が居なかったことであり、絵に描かれている赤服の女性は実際の渡河部隊にいたというよりも、それを入れることでロイツェにかなりの祝儀が入ったということのようである。
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