旧広島空港
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/05 02:16 UTC 版)
詳細は「吉島 (広島市)#かつて存在していた施設」および「広島西飛行場」を参照 (旧)広島飛行場(吉島飛行場) → 廃港(北緯34度21分59.6秒 東経132度26分44.3秒 / 北緯34.366556度 東経132.445639度 / 34.366556; 132.445639 ((旧)広島飛行場(吉島飛行場) → 廃港)) (旧)広島空港 → 広島西飛行場 → 広島ヘリポート(北緯34度22分15.8秒 東経132度25分9.7秒 / 北緯34.371056度 東経132.419361度 / 34.371056; 132.419361 ((旧)広島空港 → 広島西飛行場 → 広島ヘリポート)) 第二次世界大戦中に日本陸軍の広島飛行場(吉島飛行場)が供用されたが、戦後占領期は接収され、サンフランシスコ講和条約後に返還された。返還後はグライダーの発着に利用された後、廃港になった。滑走路(L=1,300m)の跡地は広島市道中島吉島線(吉島通り)に転用された。 高度経済成長期の1961年に1,200mの滑走路を持って開港した広島空港は、現在の広島市西区にあり、現在地に移転後は2012年まで広島西飛行場として供用されていた。旧広島空港から現在地に移転した理由には、地形的に旧空港の拡張が困難で、住宅地に近く騒音問題も有った。また、広島平野の周辺が島や山で囲まれた盆地に位置しており、着陸時に市街地上空を旋回する必要があるなど空港へのアプローチが難しい。1994年には着陸のために空港に近づいていたセスナ機が操縦ミスで江田島の山中に墜落する航空事故も発生している。 旧空港(= 現在の広島ヘリポート)は1972年に滑走路長が1,800mに延長されたが、ボーイング747型機等の大型機は離着陸できなかった。さらに、ターミナルやエプロンが狭いうえ平行誘導路を備えていないため、繁忙期であっても便数を増やすことが困難であったことから、需要に対して供給が追いつかない状態にあった。瀬戸内海に面し、天満川と太田川放水路に挟まれた場所に位置していたため、滑走路の延長や誘導路の新設と言った拡張のための用地確保が難しく、新たに瀬戸内海を埋立てて用地を確保するのも費用がかかりすぎるという問題があった。
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