日本の要請
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 04:17 UTC 版)
4月15日、ドイツの崩壊を見越し東京の海軍軍令部はベルリン脱出寸前の阿部勝雄中将宛に緊急電報を発信し、「残存するUボートをできるだけ多く日本に回航するようドイツ海軍に要請し、その実現に努力せよ」との指令を行った。この要請に海軍総司令官デーニッツ元帥は、燃料不足を理由に拒絶の意を示した。しかし、指令を果たすために、阿部はその後、ヨアヒム・フォン・リッベントロップ外相と折衝を行い再度交渉を行ったが、デーニッツからは要望には応じられない旨、4月20日に最終的な回答を受けた。 その日、阿部は総統官邸に赴き、ヒトラーの誕生日を祝う記帳を行った後、デーニッツからの最終回答とベルリンから脱出する旨打電し、ベルリン包囲網が閉じる寸前に、ハンブルク方面へ脱出した。なお多くの大使館員と民間人はベルリン郊外に避難したほか、一部は大使館内に残った。
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