日本における導入と訳語の変化とは? わかりやすく解説

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日本における導入と訳語の変化

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/28 22:54 UTC 版)

アニメーション」の記事における「日本における導入と訳語の変化」の解説

アニメの歴史」も参照 明治期末に国外から短編アニメーション輸入上映され、「凸坊画帖」と題され公開された。これが最初アニメーション日本語訳もみなされる。 黎明期国産アニメ第1号としては長く映画雑誌『キネマレコード』1917年大正6年7月号に、天然色活動写真株式会社天活)が東京浅草キネマ倶楽部同年1月上映したとの記述があり、作品名は「芋川椋三玄関番の巻」(下川凹天作)の可能性が高いとされてきた。これに対してドイツ研究者同作品の公開4月で、天活下川制作した凸坊新画帖 名案の失敗」が1917年2月初旬上映先行するとの異説提起。さらにアニメ史研究家渡辺泰らが『活動写真雑誌1917年3月号に、同年1月下川作「凸坊新画帖 芋助猪狩の巻」が封切られたとあることを指摘したが、フィルム現物や他の記録未発見なため、未だに確定していない。 アニメ主流である商業用セルアニメーションは、映画の場合は「漫画映画」、テレビの場合は「テレビ漫画」と呼ばれていたが、今日では「animation」をそのままカタカナ訳したアニメーション」、略してアニメ」と呼ばれている。「動画」は、日本最初期アニメーション制作専門会社ある日動画株式会社設立加わったアニメーター政岡憲三による提唱で、アニメーション日本語訳として使われその後アニメーション業界団体多数加盟している社団法人日本動画協会や、制作工程での原画動画としてなどにも使われている。さらに遡ると、「線画」「漫画」「繰画」という呼称があったという。

※この「日本における導入と訳語の変化」の解説は、「アニメーション」の解説の一部です。
「日本における導入と訳語の変化」を含む「アニメーション」の記事については、「アニメーション」の概要を参照ください。

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