新しい成長理論
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/13 06:15 UTC 版)
詳細は「Endogenous growth theory」を参照 1950年代から1960年代までの新古典派成長モデルの研究の後、1985年まで経済成長に関する研究はほとんど行われなかった。ポール・ローマーの論文は、経済成長研究を復活させるのに特に影響力があった。成長理論の研究の復活は1980年代半ばに始まり1990年代初頭にブームを迎えた。多くのマクロ経済学者は長期の視点に目覚め、内生成長理論を含む「新しい成長」理論を創始した。成長経済学者たちは経験的事実を説明しようとした。たとえばサハラ以南のアフリカが成長にキャッチアップしなかったこと、東アジアの虎が急成長していること、そして1990年代の技術ブーム以前の米国で生産性の成長が減速したことなどである。新古典派成長モデルが予測していた成長率の収束は実現しなかった。新古典派モデルが予測に失敗したことは内生成長の研究を促した。 3つの系統の新しい成長モデルが新古典派モデルに異議を唱えた。第1の系統のモデルは、時間を通じて資本の経済的便益が減少するという旧型モデルの想定に異議を唱えた。この新しい成長モデルは資本蓄積にプラスの外部性を取り入れた。ある企業が技術に投資すると、知識の拡散により他の企業に効果が波及するという外部性である。第2の系統のモデルは、成長においてイノベーションが果たす役割に着目した。これらのモデルは、特許やその他のインセンティブを通じてイノベーションを促進する必要性を強調した。第3の系統のモデルは「新古典派の復活」と呼ばれる。外生成長理論における資本の定義を拡大し人的資本を含めた。この研究の系統はマンキューとローマーとワイルの1992年の論文で始まった。これは、国々間の成長率の差異の78%が、人的資本で拡張されたソロー・モデルによって説明できることを示している。 内生成長理論は、外国から技術やアイデアの流入を奨励する開放的な社会を通じて国々が急速に「キャッチアップ」して成長することを含意した。また、内生成長理論は、民間部門が最適水準で投資しないことがあるため、政府が介入して研究開発への投資を奨励すべきであることを示唆した。
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