文学館館長時代
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亀井は北大を退職した2000年の6月、小樽市教育委員会の要請により、市立小樽文学館館長(嘱託)となった。 文学館においては、〈市民に必要とされる文学館〉を目指し、また、〈文学〉の立場から市民に何を還元することが出来るかを考え、多くの展覧会の企画・解説・図録等を担当した。主な例として、「生誕100年小林多喜二展」(2003年2月1日〜3月30日)、「伊藤整展」(2005年6月18日〜8月28日)および「よみがえる伊藤整 生誕100年記念講演会・シンポジウム」(2005年6月18・19日)、「榎本武揚と歴史小説」(2008年6月14日〜7月6日)、「小樽俳句協会40周年展」(2008年7月12日〜8月24日)など。 また、毎年複数回文学講座を担当し、道内・道外への文学散歩にも積極的に参加した。その時に受講者・参加者の前で語った文学論の主立ったものは、HP『亀井秀雄の発言』の中の「小樽文学館での発言」の項に挙げられている。代表例としては「中野重治と北海道」(2000年7月22日)、「小林多喜二の『テガミ』」(2003年2月23日)、「幽鬼の街の巡り合わせ」(2004年5月5日)、「貸本屋さんの文学史」(2004年11月3日)等。 2009年(平成21年)9月に肺ガンの手術をし、同年12月から翌年2月まで抗ガン剤治療を行ったため、その後は文学散歩等のアクティブなイベントへの参加は減ったが、展覧会には力を注ぎ、「小樽高商・商大ゆかりの文人経済学者たち 大熊信行・早川三代治・大西猪之介」(2011年7月2日〜8月28日)、「吉本隆明追悼展」(2012年7月14日〜9月2日)、「詩人と美術 瀧口修造のシュルレアリスム展」(2013年5月18日〜6月30日)等で企画構成・図録作成を担当し、文学講座を行った。 2014年(平成26年)1月18日〜3月30日の「小樽文学史展」の主担当を最後として、同年3月31日に市立小樽文学館を退任した。この展覧会の際の全キャプションを編集した図録「小樽はじめての文学史 ——明治・大正編——」(2014年3月31日刊)は、小樽の成り立ちと、そこでの庶民生活の発展・変遷から〈文学〉と〈文学者〉の在り方を照らし返した、新構想による地方文学史である。
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