推奨手順から逸脱した整備
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/21 16:49 UTC 版)
「アメリカン航空191便墜落事故」の記事における「推奨手順から逸脱した整備」の解説
事故機の第1エンジンと第1パイロンは、事故の8週間前に一度取り外されていた。この時の作業は、マクドネル・ダグラス社がユーザに出した技術情報に基づき、パイロンと主翼をつなぐ軸受けを交換するためのものであった。同じ整備プログラムで、アメリカン航空とコンチネンタル航空のDC-10型機がエンジンとパイロンの取り外し作業を行っていた。事故機以外に、アメリカン航空の4機とコンチネンタル航空の2機から、アフト・パイロン・バルクヘッドに事故機と同様の亀裂が発見された。亀裂が整備作業中に生じたことは、別の2機からも確証が得られた。コンチネンタル航空ではこの事故前にパイロンの脱着作業中にバルクヘッドを2度損傷していたが、それぞれマクドネル・ダグラス社が認めた方法で再修理されていた。コンチネンタル航空は、この時の損傷を整備ミスに起因するものであって重要な問題ではないと判断した。同社は、マクドネル・ダグラス社には報告していたが、アメリカの連邦航空局 (Federal Aviation Administration; FAA) には報告しなかった。 アフト・パイロン・バルクヘッドの上部フランジの過荷重による亀裂は、両航空会社の不適切な整備手順に起因することが判明した。メーカーであるマクドネル・ダグラス社が推奨した正規手順では、まずエンジンをパイロンから取り外し、その後パイロンを主翼から取り外すことになっていた。しかし、両航空会社は整備時間を短縮するため、推奨手順から逸脱した手順を開発した。その手順とは、エンジンとパイロンを一体にしたままで、全重量をフォークリフトで支えて取り下ろす方法であった。エンジンを取り外す際には、油圧系統や燃料系統の配管や電気配線などを切り離す必要がある。エンジンを外した後にパイロンを外す正規の手順では72か所の切離し作業が必要であったが、アメリカン航空の開発した方式では27か所にまで短縮できた。アメリカン航空は、この手順の是非をマクドネル・ダグラス社に問い合わせていた。マクドネル・ダグラス社は「推奨できない方法」だと回答したが、同社は航空会社の手順に対して承認や禁止をする権限をもっていなかった。アメリカン航空は、エンジンとパイロンを一体で取り外す手順を採用した。 1979年3月29日から31日にかけて、フォークリフトを用いて事故機のエンジンを着脱する作業が実施された。その時の手順は次のとおりであった。まず、エンジンの保持台をエンジンにあてがい、エンジン、パイロン、そして保持台全体の重心位置にフォークリフトを移動させた。次に、エンジン・パイロン・保持台の全重量をフォークリフトによって支えた。そして、パイロンと主翼の接合部を外して、フォークリフトを下げた。パイロンと翼をつなぐ軸受けを点検・交換した後、再びフォークリフトを上げて翼との結合部を固定した。 DC-10型機の第1・第3エンジンは主翼の前方に突き出しており、フォークリフトで支える重心位置はフォワード・パイロン・バルクヘッドより前方にあった。また、パイロンと翼の結合部における構造部材間の距離はわずかしかなく、1ミリメートルのずれや変形も許されない、繊細なものであった。アメリカン航空の手順では、パイロンを翼から外す際に、アフト・パイロン・バルクヘッドの結合部から外していた。この時、フォークリフトがエンジンを支える力が抜けると、フォワード・パイロン・バルクヘッドを旋回軸として、パイロン後部が翼に接触することになる。フォークリフトはその仕組み上、運転者が感知できない程度にフォークが下がってしまう可能性があり、ミリメートル単位の精密な調整はほぼ不可能であった。事故機の作業に当たった整備員のうち2人が、アフト・パイロン・バルクヘッドの上部が、翼側の固定部品に当たっているのを見たと証言した。この動きは、アフト・パイロン・バルクヘッドの上部フランジの変形と整合性のあるものであった。事故後の実験により、事故機と同程度にフランジが変形すると、過荷重による亀裂が発生することが確認された。実際、事故機のアフト・パイロン・バルクヘッドには、過荷重による破壊と疲労によって事故前に発生していたと判定される亀裂が見つかった。この亀裂は、整備時のパイロンと翼の接触に起因すると結論づけられた。
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