指貫の着装とは? わかりやすく解説

指貫の着装

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/08/02 06:24 UTC 版)

括り緒の袴」の記事における「指貫の着装」の解説

指貫は、基本的に生地が八巾で片足に四巾取る(八幅/やの/現在の一幅一尺二寸片足分は約180cm前後)が、神職衣装ではさらに細身(六幅)に仕立てる。八幅に仕立てたものを指貫、六幅に仕立てたものを奴袴区別することもある。紐は普通は袴と同色だが、近世以降の若い貴族には「腹白」という紫と白の組み紐用いられた。腹白蜷結びにする。 また、平安時代には采女などの女性乗馬する際にも指貫を履いていた。指貫の色は規定こそ無かった葡萄染えびぞめ/ワイン色)などの華やかな物を用いたらしい。 当然布の余り分が出てくるが、動きにくくならないように裾を膝あたりやくるぶしに紐で括ってたるませていた。紐の余り長く垂らしてくるぶし括るのは「下括りといって一般着付けで、膝の上か下に括る上括り」は脛が出て格好が悪いため警固蹴鞠をするとき或いは緊急時着付けとされた。裾がずり下がらないように紐で腰から釣って補強するなどした。江戸時代以降武家頻繁に指貫用いるようになってからは、裾を括らずに腰から吊り下げる「引上仕立」(ひきあげしたて)が使われるようになり、現在はこちらが主流である。また、本来は指貫の下に下袴という袴を履くのを本義とするが、近世以降余り用いられない布袴(ほうこ/束帯の袴を指貫置き換えたもので私的な式での礼装)、直衣狩衣狩衣には院政期までは差袴と言う細身の袴を使用)と一緒に着用され当初さまざまな色や紋を年齢状況合わせて使い生地も冬は練絹(目の詰まった絹織物)、夏は薄物気候に応じて自由に使っていた。また、式典などの晴れの舞台では織物日常着には綾や薄物使用された。ただし、院政期以降使用する生地や紋などに厳密な規定出来た室町期以降規定では原則として、紋がつくのは公卿または禁色聴された者のみで、色は年の若い順に紫、縹、浅葱、白である。紋は年長者ほど大きくなり、遂に無紋となるのを通例とした。若年には浮織物壮年よりは堅地綾とする。四位以下は、無地平絹で紫、さらに六位以下は浅葱色である。地質表裏ともに平絹である。 文様は、(近世以降天皇指貫を穿かなくなった上皇親王は「八葉」「竜胆唐草」「雲立涌」(雲立涌はかつて摂政太閤使ったが、現代親王雲立涌のみ)、公卿多かったのは「八藤丸」で、少年は「亀甲地紋に臥丸」若年者は「鳥襷」なども使った他、九条家の「唐」など一族固有の文様(異文という)を使う場合もあった。 現代における指貫は、神道の神職や仏教僧侶などが着用する他、伝統的な行事芸能等において着用される程度である。

※この「指貫の着装」の解説は、「括り緒の袴」の解説の一部です。
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