戦闘の歴史
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/03/06 17:33 UTC 版)
戦闘での攻撃力の移り変わりの歴史を以下に示す。 運動戦 歩兵のみが戦う古代や、騎兵が登場する中世においても戦闘での攻撃力は運動能力が大きな比重を占めていた。例えば、中世での戦闘は攻城戦と格闘戦の2種に大別され、城と騎兵がその時代の代表的な兵器であった。当時の加害方法は剣や槍、矢といった人力で生み出せるエネルギー量のものにほぼ限定され、非力な加害力は移動能力で補われた。 敵味方双方が同数の兵士より構成される格闘戦では、騎馬のように優れた移動能力を持った側が有利であり、攻撃力の観点からはこの時代を運動戦と呼べる。 火力戦 火薬の発明によって火砲が作られると、敵への物理的加害力はそれまでの人力で扱う兵器に比べて桁違いに大きくなり、相対的に移動能力の価値は低下した。火砲による攻撃を避けるには人の足や馬匹による移動速度では遅く、兵士の身を守るためには土塁やトレンチによる塹壕戦が出現した。攻撃力の観点からはこの時代を火力戦と呼べる。火力戦の末期に初期の戦車が登場したが、移動速度の点ではまだ遅く、防護力によって塹壕戦へ変化をもたらしたが決定的ではなかった。 機動戦 中世の騎兵が運動戦を戦ったように、近代の戦闘車両が内燃機関という機械力での高速移動能力を得ると大砲の打撃力を格段に有効利用できるようになり、機動戦の時代になった。
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