岩塚町とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 地名 > 岩塚町の意味・解説 

岩塚町

読み方:イワツカチョウ(iwatsukachou)

所在 愛知県名古屋市中村区


岩塚町

読み方:イワツカチョウ(iwatsukachou)

所在 愛知県名古屋市中川区

地名辞典では2006年8月時点の情報を掲載しています。

〒453-0862  愛知県名古屋市中村区岩塚町

岩塚町

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/25 00:44 UTC 版)

岩塚町
岩塚古墳
岩塚町
岩塚町の位置
岩塚町
岩塚町 (名古屋市)
北緯35度9分18.29秒 東経136度50分37.71秒 / 北緯35.1550806度 東経136.8438083度 / 35.1550806; 136.8438083
日本
都道府県  愛知県
市町村 名古屋市
中村区
中川区
人口
(2019年(平成31年)2月1日現在)[WEB 1]
 • 合計 4,499人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
453-0862(中村区)[WEB 2]
454-0901(中川区)[WEB 3]
市外局番 052 (名古屋MA)[WEB 4]
ナンバープレート 名古屋
テンプレートを表示

岩塚町(いわつかちょう)は、愛知県名古屋市中村区中川区にある町名。現行行政地名は岩塚町1丁目から5丁目と53の小字住居表示未実施[WEB 5][WEB 6]

地理

名古屋市中村区岩塚町は同区南西部に位置し、東は豊国通並木、西は中川区富田町大字万場、南は野田町、北は岩塚本通、北西は宮塚町に接する。

字一覧

岩塚町とその前身である岩塚村の小字は以下の通り[WEB 7]。現存する小字のうち、中川区岩塚町に所在するものには★を、中村区岩塚町に所在するものには■を付す。消滅した字については背景色    で示す。

足洗(あしあらい) 浅蔵浦(あさぞううら)
畔道(あぜみち)■ 一軒立切(いっけんたちきり)■
一色前西ノ割(いしきまえにしのわり)■ 一色前南ノ割(いしきまえみなみのわり)■
一丁田(いっちょうだ)[注釈 1] 一里山(いちりやま)■
院才(いんざい) 杁脇(いりわき)■
鶉打場(うずらうちば)[注釈 2] 押木田(おしきだ)
大池(おおいけ)■ 折戸(おりと)[注釈 3]
株榎(かぶえのき) 上小路(かみこうじ)■[注釈 4]
川添(かわぞえ)■ 神田(かんだ)■[注釈 5]
狐屋敷(きつねやしき) 木戸際(きどぎわ)
九反所(くたんじょ)■[注釈 6] 小池(こいけ)■
郷中(ごうなか)■[注釈 7] 小鴨(こがも)
小鴨上り(こがもあがり)[注釈 8] 五反城(ごたんじょう)■
五反田(ごたんだ)■ 栄花田(さかえはなだ)[注釈 9]
社宮神(しゃぐうじん)■ 順礼池(じゅんれいいけ)■
城前(しろまえ)■ 神明西(しんめいにし)■
神明西川添(しんめいにしかわぞえ)■ 新屋敷(しんやしき)■
末起(すえおこし)[注釈 10] 銭亀(ぜにがめ)■
ソブタ[注釈 11] 高道(たかみち)■
弾子宮(だんごのみや) 地子坊(ぢこぼう)■
茶ノ木島(ちゃのきしま)■[注釈 12] 堤塘(ていとう)[注釈 13]
天神松南(てんじんまつみなみ) 寺裏(てらうら)
寺西(てらにし)■ 道願田(どうがんだ)
中葉抜(なかばぬき)[注釈 14] 流レ(ながれ)■
七畝割(ななせわり) 浪打(なみうち)
二ノ坪(にのつぼ)[注釈 15] 二町田(にちょうだ)[注釈 16]
西枝(にしえだ)■ 西起(にしおこし)■
西影ノ越(にしかげのこし)■[注釈 17] 西中深(にしなかふか)[注釈 18]
西野岸(にしのぎし) 西柳瀬(にしやなせ)[注釈 19]
猫塚(ねこつか) 八反田(はったんだ)
半丈田(はんじょうだ) 東影之越(ひかしかげのこし)■
東大蟷(ひがしおおたこ)[注釈 20] 東中深(ひかしなかふか)
東ノ割(ひがしのわり) 東野岸(ひがしのぎし)
深草(ふかくさ)■ 分杭下(ぶんくいした)■
干鮹(ほしだこ)[注釈 21] 本地(ほんじ)★■
本地入口(ほんじいりぐち)■ 本陣屋敷(ほんじんやしき)■
万吉(まんきち) 三ツ割(みつわり)
南鶉打場(みなみうずらうちば)[注釈 22] 南社宮神(みなみしゃぐうじん)■
宮浦(みやうら) 宮西(みやにし)■
宮東(みやひかし)■ 宮前(みやまえ)■
向田(むかいだ)■ 八劔東(やつるぎひがし)
八ツ屋道(やつやみち)■ 山(やま)■[注釈 23]
山堤付(やまつつみつけ)■[注釈 24] 山西(やまにし)■
用水附(ようすいつけ)[注釈 25] 横手穴(よこてあな)■[注釈 26]
横手堤付(よこてつつみつけ)■[注釈 27] 竜子田(りゅうこだ)■[注釈 28]
林高寺東(りんこうじひかし)■ 辻前(つじまえ)[注釈 29]

河川

歴史

七所社の境内には「岩塚古墳」と称される小規模な円墳があり、古墳時代末の築造と推定されている[1]。七所社は15世紀修造の記録が残る古社で、式内社「御田神社」の有力な論社となっている[2]

町名の由来

江戸期愛知郡岩塚村を前身とする。のあるスカ(砂地、州)または地内にある七所社の境内にある古墳に由来するとされる[3]。古くは「岩墓」とも書いた[4]

地名は鎌倉期には既に確認でき、1316年正和5年)付『熱田太神宮領別納等注進状写』に「岩墓郷...愛智郡」とある[4]1354年文和3年)付の『熱田社領目録案』にも「岩墓郷」とあり、中世には熱田神宮領があったらしい[4]室町期の『尾張国目代光守注進状』には国衙領として「愛智 岩塚」と記録がある[4]

行政区画の変遷

  • 1889年(明治22年)10月1日 - 町村制に基づく愛知郡岩塚村となる[5]
  • 1906年(明治39年)5月10日 - 合併に伴い、常磐村大字岩塚となる[5]
  • 1921年(大正10年)8月22日 - 名古屋市中区へ編入し、同区岩塚町となる[5]
  • 1930年(昭和5年)6月20日 - 一部が花池町長草町となる[5][6]
  • 1937年(昭和12年)10月1日 - 行政区変更に伴い、中川区所属となる[5]
  • 1944年(昭和19年)2月11日 - 一部が中村区へ編入され、同区岩塚町が成立[5][6]
  • 1954年(昭和29年)10月1日 - 中村区岩塚町字五反城の一部により同区五反城町1丁目・2丁目・3丁目が、岩塚町字五反城・向田・七畝割・足洗の各一部により五反城町4丁目が、岩塚町字向田・足洗・七畝割の各一部により五反城町5丁目・6丁目・7丁目・8丁目がそれぞれ成立する[7][6]
  • 1959年(昭和34年)5月1日 - 中村区岩塚町字向田・猫塚の各一部が同区豊国通6丁目に、岩塚町字向田・足洗・七畝割・西柳瀬の各一部が岩塚本通1丁目に、岩塚町字西柳瀬・折戸の各一部が岩塚本通2丁目に、岩塚町字折戸・二町田・中葉抜・道願田の各一部が岩塚本通3丁目に、岩塚町字中葉抜・道願田・株榎・辻前・八反田の各一部が岩塚本通4丁目に、岩塚町字株榎・辻前・浅蔵浦・ソブタの各一部が岩塚本通5丁目に、岩塚町字宮東・上小路・新屋敷・林高寺東の各一部が岩塚本通6丁目にそれぞれ編入される[7][6]。また、岩塚町字向田・猫塚・七畝割の各一部により岩塚町1丁目が、岩塚町字折戸・西柳瀬・浪打の各一部により岩塚町2丁目が、岩塚町字折戸・二町田・浪打・栄花田・道願田の各一部により岩塚町3丁目が、岩塚町字道願田・八反田の各一部により岩塚町4丁目が、岩塚町字八反田・浅蔵浦・辻前の各一部により岩塚町5丁目がそれぞれ設定される[7]
  • 1960年(昭和35年)
    • 1月25日 - 中村区岩塚町字東之割の一部が同区荒輪井町1丁目に、岩塚町字東之割・一色前西の割の各一部が荒輪井町2丁目に、岩塚町字東之割・畦道・地子坊の各一部が西栄町に、岩塚町字小鴨が鴨付町1丁目に[7][6]、岩塚町字小鴨・用水附・小鴨上り・一丁田・木戸際の各一部が鴨付町2丁目に、岩塚町字小鴨・一丁田の各一部が稲葉地町8丁目に[8][9]それぞれ編入される。
    • 6月15日 - 中村区岩塚町字八反田の一部が同区岩塚町4丁目に、岩塚町字宮東の一部が岩塚本通6丁目にそれぞれ編入される[8][6]
  • 1966年(昭和41年)1月26日 - 中村区岩塚町字五反城の一部が同区鈍池町3丁目に、岩塚町字五反城・向田の各一部が沖田町にそれぞれ編入される[8][10][11]
  • 1969年(昭和44年)3月13日 - 中村区岩塚町の一部が同区並木一~二丁目となり、一部を長草町へ編入[6]
  • 1980年(昭和55年)9月7日 - 中川区岩塚町の一部を同区八田町へ編入[5]

世帯数と人口

2019年(平成31年)2月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[WEB 1]

町丁 世帯数 人口
中村区 岩塚町 1,996世帯 4,475人
中川区 岩塚町 19世帯 24人
2,015世帯 4,499人

学区

市立小・中学校に通う場合、学校等は以下の通りとなる[WEB 8]。また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる[WEB 9]。なお、小学校は学校選択制度を導入しておらず、番毎で各学校に指定されている。

丁目・字 小学校 中学校 高等学校
中村区 岩塚町1~5丁目 名古屋市立岩塚小学校 名古屋市立御田中学校 尾張学区
岩塚町字一軒立切、岩塚町字杁脇、岩塚町字大池
岩塚町字上小路、岩塚町字神田、岩塚町字九反所
岩塚町字五反田、岩塚町字新屋敷、岩塚町字高道
岩塚町字茶ノ木島、岩塚町字流レ、岩塚町字西枝
岩塚町字本地入口、岩塚町字竜子田
岩塚町字林高寺東
岩塚町字一色前西ノ割、岩塚町字一色前南ノ割 名古屋市立稲西小学校 名古屋市立豊正中学校
岩塚町字一里山、岩塚町字押木田、岩塚町字小池
岩塚町字万吉、岩塚町字三ツ割
名古屋市立八社小学校 名古屋市立御田中学校
岩塚町字向田 名古屋市立千成小学校 名古屋市立豊国中学校
岩塚町字郷中、岩塚町字城前 名古屋市立岩塚小学校
名古屋市立八社小学校
名古屋市立御田中学校
中川区 岩塚町字本地 名古屋市立常磐小学校 名古屋市立長良中学校

交通

施設

1.5 km
4
3
2
1
略地図
1
三菱重工業 岩塚工場
2
名古屋市立岩塚小学校
3
名古屋市立御田中学校
4
名古屋岩塚郵便局
  • 三菱重工業 岩塚工場
  • 名古屋市立岩塚小学校
  • 名古屋市立御田中学校
  • 名古屋岩塚郵便局
  • JAなごや岩塚支店
  • 岩塚古墳
岩塚町七所社境内に遺る古墳[12]。前述のように「岩塚」の地名の由来ともされる。

その他

日本郵便

  • 集配担当する郵便局は以下の通りである[WEB 10]
町丁 郵便番号 郵便局
中村区 岩塚町 453-0862[WEB 2] 中村郵便局
中川区 岩塚町 454-0901[WEB 3] 中川郵便局

脚注

注釈

  1. ^ 『名古屋市会決議録』の一部に「一町田」と表記するものがある。
  2. ^ 1882年の『明治十五年愛知縣郡町村字名調』では「鶁打場(むくうちば)」としている。
  3. ^ 1882年の『明治十五年愛知縣郡町村字名調』では、読みを「おりど」としている。
  4. ^ 1882年の『明治十五年愛知縣郡町村字名調』では、読みを「かみこじ」としている。
  5. ^ 1882年の『明治十五年愛知縣郡町村字名調』では「神田(じんでん)」としている。
  6. ^ 1882年の『明治十五年愛知縣郡町村字名調』では、読みを「くたんしょ」としている。
  7. ^ 1882年の『明治十五年愛知縣郡町村字名調』では「郷中(ごうちう)」としている。
  8. ^ 1882年の『明治十五年愛知縣郡町村字名調』では「小鴨上リ(こかもあかり)」としている。
  9. ^ 1882年の『明治十五年愛知縣郡町村字名調』では「栄花田(えいげた)」としている。
  10. ^ 1882年の『明治十五年愛知縣郡町村字名調』では「未起(ひつじおこし)」としている。
  11. ^ 『名古屋市会決議録』の一部に「ソブ田」と表記するものがる。
  12. ^ 1882年の『明治十五年愛知縣郡町村字名調』では「茶ノ木島(ちゃのきじま)」としている。
  13. ^ 1882年の『明治十五年愛知縣郡町村字名調』にこの字の記載はない。
  14. ^ 1882年の『明治十五年愛知縣郡町村字名調』では「中葉秡(なかばぬき)」としている。
  15. ^ 『名古屋市会決議録』の一部に「二之坪」と表記するものがある。
  16. ^ 1882年の『明治十五年愛知縣郡町村字名調』では「二丁田(にちょうだ)」としている。
  17. ^ 1882年の『明治十五年愛知縣郡町村字名調』では「西影之越(にしかけのこし)」としている。
  18. ^ 『日本 町字マスターデータセット』では、読みを「にしなかぶか」としている。
  19. ^ 1882年の『明治十五年愛知縣郡町村字名調』にこの字の記載はない。
  20. ^ 1882年の『明治十五年愛知縣郡町村字名調』では「東大蟷(ひがしだいとう)」としている。
  21. ^ 1882年の『明治十五年愛知縣郡町村字名調』では「干鮹山(ひだこやま)」としている。
  22. ^ 1882年の『明治十五年愛知縣郡町村字名調』では「南鶁打場(みなみむくうちば)」としている。
  23. ^ 1882年の『明治十五年愛知縣郡町村字名調』にこの字の記載はない。
  24. ^ 1882年の『明治十五年愛知縣郡町村字名調』では、読みを「やまつつみつき」としている。
  25. ^ 1882年の『明治十五年愛知縣郡町村字名調』では「用水附(ようすいつき)」としている。『日本 町字マスターデータセット』では「用水付(ようすいつけ)」としている。
  26. ^ 1882年の『明治十五年愛知縣郡町村字名調』にこの字の記載はない。
  27. ^ 1882年の『明治十五年愛知縣郡町村字名調』では、読みを「よこてつつみつき」としている。
  28. ^ 1882年の『明治十五年愛知縣郡町村字名調』では、読みを「りゅうごだ」としている。
  29. ^ 1882年の『明治十五年愛知縣郡町村字名調』にこの字の記載はない。

出典

WEB

  1. ^ a b 町・丁目(大字)別、年齢(10歳階級)別公簿人口(全市・区別)”. 名古屋市 (2019年2月20日). 2019年2月20日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2019年2月10日閲覧。
  3. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2019年2月10日閲覧。
  4. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2019年1月6日閲覧。
  5. ^ 中村区の町名一覧”. 名古屋市 (2015年10月21日). 2019年2月13日閲覧。
  6. ^ 中川区の町名一覧”. 名古屋市 (2015年10月21日). 2019年2月13日閲覧。
  7. ^ 名古屋市道路認定図”. 名古屋市. 2020年11月20日閲覧。「名古屋市中村区岩塚町」のページを参考とした。
  8. ^ 市立小・中学校の通学区域一覧”. 名古屋市 (2018年11月10日). 2019年1月14日閲覧。
  9. ^ 平成29年度以降の愛知県公立高等学校(全日制課程)入学者選抜における通学区域並びに群及びグループ分け案について”. 愛知県教育委員会 (2015年2月16日). 2019年1月14日閲覧。
  10. ^ 郵便番号簿 平成29年度版 - 日本郵便. 2019年02月10日閲覧 (PDF)

文献

参考文献

  • 名古屋市役所経済局文化財調査保存委員会『名古屋史蹟名勝紀要』芸術案内社、1954年12月25日。 
  • 中村区制施行50周年記念事業実行委員会記念誌編集委員会 編『中村区誌―中村区制施行50周年記念―』中村区制施行50周年記念事業実行委員会、1987年10月1日。 
  • 名古屋市計画局『なごやの町名』名古屋市計画局、1992年3月31日。 

関連項目

外部リンク

  • ウィキメディア・コモンズには、岩塚町に関するカテゴリがあります。


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「岩塚町」の関連用語

岩塚町のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



岩塚町のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
日外アソシエーツ株式会社日外アソシエーツ株式会社
Copyright (C) 1994- Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
日本郵政株式会社日本郵政株式会社
Copyright (C) 2025 JAPAN POST SERVICE Co.,Ltd. All Rights Reserved.
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの岩塚町 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS