夏至と冬至による緯度
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/27 09:55 UTC 版)
ストラボンは太陽の高度の測定値として天文学用のキュビット(pēchus、肘から小指の先までの前腕の長さ)を使っている。このときのキュビットの正確な意味は不明である。直線距離なのか円弧に沿った距離なのか不明であり、天球上の距離とは思われず、gnōmōn とも関係がない。ヒッパルコスはこの用語をバビロニアの文献から借用しており、その場合は2度に相当する。古代シュメールからキュビットが導入されたのはかなり古く、バビロニアやイオニアでキュビットと度の間の関係が決まっていたとしても、その定義は現存していない。ストラボンは度を定義するにあたってキュビットまたは大円の比率を使っている。古代ギリシアでも夏至の日の太陽の出ている時間を緯度の測定に使っていた。分点のときの日の出から日没までの時間を12等分したものを分点時間 (hōrai isēmerinai) としていた。 ピュテアスが計測したデータを一部採用して、ヒッパルコスは冬至の正午の太陽の高度のキュビット値、夏至の日中の時間による緯度、いくつかの緯度の異なる場所の距離(スタディオン)を関係づけていった。ピュテアスはマッシリアとビュザンティオンが同じ緯度であることを示した(前述)。(ストラボンによれば)ヒッパルコスはビュザンティオンとポリュステネース(ドニエプル川)河口が同じ子午線上にあり、その子午線弧長が3700スタディア(ストラボンの1度700スタディアという定義によれば、5.3度)だとした。その河口と同緯度の線を延ばしていくとケルティカに到達する。したがってピュテアスが緯度と距離の計算の基準としたケルティカについて、マッシリアからケルティカまでの距離は3700スタディアと確定できる。 ストラボンはアイルランド島 (Ierne) がこの基準線から北に5000スタディア弱(7.1度)にあるとした。これらから、ケルティカの位置はロワール川河口付近だということがわかる。そこにはブリテンのスズの交易が行われていたエンポリウムがあった。アイルランド側の参照地点はベルファストである。ピュテアスはスペインの海岸沿いからビスケー湾を渡ってロワール川河口まで到達したか、ずっと海岸沿いを帆走してそこに到達した。その後、ブレストあたりからコーンウォールに向かってイギリス海峡を横断。アイリッシュ海を渡ってオークニー諸島に到達。ストラボンがピュテアスの言だとしたエラトステネスの記述は、イベリア半島の北は大洋を横断するよりケルティカに向かう方が容易だとしているが、これはあいまいである。彼は両方のルートを知っていたように見えるが、どちらをとったかは述べていない。 ケルティカの基準線では、冬至の正午の太陽の高度が9キュビットで、夏至の太陽が出ている最長時間は16時間だとある。ケルティカから北に2500スタディア(約283マイル、3.6度)のところに、ヒッパルコスがケルト人、ストラボンがブリテン人と呼ぶ住民がいた(ストラボンが両者が同じだと知っていたら指摘する必要のなかった不一致である)。その位置はコーンウォールである。そこでの冬至の太陽高度は6キュビット、夏至の日照時間は17時間である。マッシリアから北に9100スタディア(約1032マイル、ケルティカからは5400スタディア、7.7度)で、冬至の太陽高度は4キュビット、夏至の日照時間は18時間とされている。この場所はクライド湾沿いの村と見られる。 ここでストラボンはまた屁理屈をこねている。ストラボンによればピュテアスを信じたヒッパルコスはこの地域がケルトに属するとし、すなわちブリテン島よりも南に位置するとしたが、ストラボンは計算からはここがアイルランドより北だと指摘する。しかしながらピュテアスはそこがブリテン島の一部である現在のスコットランドだとわかっていたはずで、ピクト人が住み、アイルランドより北だということもわかっていたはずである。スコットランド南部では夏至の日照時間は19時間である。ストラボンは理論だけでアイルランドが極めて寒冷だとし、それより北には人間が住めるはずがないと言い切っている。後世の後知恵に対してピュテアスは実際に現地を観察しており、ストラボンよりずっと科学的だったといえる。ストラボンはピュテアスの記述の奇妙さが信じられないというだけでそれらの発見を軽んじた。特にスカンジナビアに人間が住んでいるということを信じられなかったことがストラボンがピュテアスを嘘つきだとした最大の原因である。また、その不信がピュテアスのデータを捻じ曲げることにも繋がっていると見られる。
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