国家間の競争
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/01 15:11 UTC 版)
「国際数学オリンピック」の記事における「国家間の競争」の解説
日本は1990年の第31回北京大会より参加したが20位に終わった。この回の日本勢の成績は、新聞やラジオでも報じられたが、初参加だったためか詳細については触れられなかった。 かつて社会主義国家だった頃は、ルーマニアやハンガリーなどのソ連の衛星国は高い順位を誇っていた ものの、それらの政権の崩壊と同時に教育への支援も財政面から打ち切られ、現在の順位はそれほどではなくなった。その一方で中近東やアジアの熱意は目覚しいものがあり、これらの国と順位が入れ替わっている。ルーマニアは1959年の第1回で総合1位であったほどの有数の強豪国であったのに、2018年度は33位とワースト記録を更新した。国別チームは必ず上限が6名なので「7位」だった人間は参加できない。このため国籍を参加者の親が買い、別の国籍で参加する例は枚挙に暇がない。「この7位というレベルでも銀メダルだった。」ということはもはや当たり前になっている。 フィールズ賞受賞者には、過去に数学オリンピックで上位入賞した者も多い。年齢制限に下限は存在しないので、高校生以下の学生も参加可能。テレンス・タオは最年少メダル獲得者である。チプリアン・マノレスクは「三回出場し、三回全問満点」を成し遂げた唯一の出場者である。国家によって採点基準は微妙に異なり、部分点の授与で討論になることが多い。 中国は毎年のようにトップ3にいて、全員金メダルという成績を過去に出し、金メダル数も世界一の強豪国であった。しかしながら、大学数学以後の現代数学の展開に、中国人大学生はついていけていないことを指摘する中国人数学者もいる。2015年にアメリカが20年ぶりに中国に勝利した際は競争に批判的な中国の一部では歓迎する向きもあった。ただし、2019年に首位は中国に奪還され途上国のインドネシアが日本に迫る勢いを示すなど、競争は激化し続けている。そもそも、国際数学競技者としての強さと数学研究者としての強さは、別の問題という見解もある。
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