右翼ナショナリズム
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/25 14:52 UTC 版)
「ドンバスの親ロシア派分離主義勢力」の記事における「右翼ナショナリズム」の解説
フランス国際関係研究所(IFRI)による2016年の報告によると、ロシアの民族的・帝国主義的ナショナリズムは、ドネツクおよびルガンスク人民共和国の公的イデオロギーを形成している。ドンバス戦争中、特に初期においては、極右グループは恐らくウクライナ側より親露派側で重要な役割を果たした。その後、ドンバスでは親露派の極右グループの重要性が低下し、ロシアの過激なナショナリストの必要性がなくなり始めた。 マルレーヌ・ラリュエルによれば、ドンバスの分離主義者のイデオロギーは、ファシスト、正教会、ソビエトの3つのロシアナショナリズム要素からなるイデオロギーを生み出した。 国家ボリシェヴィキ党、ロシア民族統一(RNU)、ユーラシア青年連合、およびコサックグループの現・元メンバーは、分離主義者の募集のための支部の開始に参加した 。元RNUメンバーのパベル・グバレフは、ドンバス市民軍の創設者であり、ドネツク人民共和国の初代「知事」を務めた。特に、RNUは多くの分離主義者部隊の一つであるロシア正教軍と関係があり、ロシア正教軍は「親ツァーリ」および「過激派」正統派ナショナリストと呼ばれている。「ルシッチ」は、ウクライナで活動する極右の過激主義と繋がりがあるロシアの傭兵集団ワグナー・グループの一部である。 ロシアの分離主義者の中で最も影響力のあるナショナリストと極右の活動家の一部は、ロシア帝国を復活させようとする新帝国主義者である。それらの人物の中に、ロシアの新帝国主義と民族主義を支持するドネツク人民共和国の初代「防衛大臣」のイゴール・ストレルコフ・ガーキンが含まれている。白人至上主義の過激派グループであるロシア帝国運動は、分離主義者に加わるために何千人もの義勇兵を募集した。スパルタ大隊のように、一部の分離主義者は黒黄白のロシア帝国旗を掲げた。2014年、国民解放運動の義勇兵がドネツク市民軍に加わり、皇帝ニコライ2世の肖像画を掲げた。 2014年6月、ロシア正教軍はスラビャンスクで4人のペンテコステ派を殺害したとして告発された。男性はウクライナ政府のスパイとして非難されたが、本件はドンバス地域における宗教的迫害政策の一環であると言及されている。 分離主義に関与している他のロシアのナショナリストの義勇兵には、ユーラシア青年連合のメンバー、スラブ連合や不法移民反対運動のような禁止団体が含まれている。もう1つのロシアの分離主義者の準軍事組織であるインターブリゲードは、民族ボルシェビキ(ナズボル)グループの「もう一つのロシア」の活動家で構成されている。 極右活動家は紛争の初期に一役を担ったが、彼らの重要性は誇張されることが多く、紛争の両陣営における極右活動家の重要性は時間が経つごとに低下していった。ドネツクの政治情勢は、極右グループの重要性をさらに低下させた。
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