台北市区計画の概要とは? わかりやすく解説

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台北市区計画の概要

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/21 17:32 UTC 版)

台北市区計画」の記事における「台北市区計画の概要」の解説

後藤新平台湾着任翌月すなわち1898年明治31年4月台湾総督府内に台北市市区改正委員会設置され正式に都市計画調査立案がされた。その概要以下のとおりである。 将来人口について25年後の1929年昭和4年)に15万人達すると予測していた(実際予測上回り1920年大正9年)には人口17万人達した)。 街路系統は、南北幹線道路大稲埕城内を結ぶ東西幹線道路基準とし、街区80間×40間の長方形とした。台北風向東風が多いため街路東西方向よりも少し東北振り、各街区の風を受ける面積多くし、光線十分に受けるように配慮した街路網が設計されている。 艋舺(萬華;「ばんか」の古称)、大稲埕では、在来道路無視する道路新設経費がかかるため、在来道路をなるべく利用し改良している。 城壁撤去し、その跡地幅員2540間の遊歩道路とした。幅3メートル植樹帯を二列設け中央車道両側歩道とした。車歩道が計3列あるため「三線道路」と呼ばれる城壁撤去に伴い当初城門撤去されることになっていた。実際西門取り壊されたが、残り四つ城門北門小南門、東門南門)は児玉源太郎総督後藤長官指示により、都市ランドマーク文化財として全て保存されることになった

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