加藤民吉
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/07/12 01:35 UTC 版)
加藤 民吉(かとう たみきち、1772年 - 1824年)は江戸時代の陶工。同名を名乗った人物は6人いるが、本記事では「磁祖」と呼ばれる初代民吉について主に記す[1]。
- ^ 瀬戸では陶祖・藤四郎が伝えたとされる手回しロクロが使われており、のちに民吉によって蹴ロクロが持ち込まれたが定着しなかった。初代民吉が持ち込んだ蹴ロクロは4代民吉(米次郎)によって売り払われ、その後の所在は不明。
- ^ 民吉に伝授した際の秘伝書の写しが上田家に残る。
- ^ 同日、津金胤臣には正五位が追贈されている。
- ^ 1799年から1827年まで10代藩主の座にあった徳川斉朝と考えられる。
- ^ 当時は数え年。
- ^ 瀬戸市出身。加藤唐九郎との親交があり『民吉街道』『加藤鐐五郎伝』などの著作も持つ。高橋和島の小説『窯神伝説』のモデルともなった。
- ^ 『瀬戸市史』では「重ね柏葉の小皿」と表記。佐々町の銘菓『民吉もなか』はこの小皿をかたどった形をしている。
- ^ 2代民吉の作陶とされるものには銘が入ったものがある。
- ^ “加藤民吉生誕250年事業で要望 瀬戸の6団体 市に提出” (2020年4月2日). 2021年2月4日閲覧。
- ^ 瀬戸焼1300年の伝統と技術・磁祖加藤民吉
- ^ a b 加藤(2004)、P.265~266
- ^ 瀬戸市史 陶磁史篇 三、P.6
- ^ a b 加藤(2004)、P.23
- ^ a b 加藤(2004)、P.34
- ^ 加藤(2004)、P.33
- ^ 佐々町郷土史、P.391
- ^ 佐々町郷土史、P.381
- ^ a b 加藤(2004)、P.35
- ^ a b 加藤(2004)、P.37
- ^ a b 加藤(2004)、P.92
- ^ a b 加藤(2004)、P.38
- ^ 佐々町郷土史、P.392
- ^ 加藤(2004)、P.42
- ^ 加藤(2004)、P.43
- ^ 加藤(2004)、P.55
- ^ 加藤(2004)、P.47
- ^ 加藤(2004)、P.44
- ^ 加藤(2004)、P.62
- ^ 加藤(2004)、P.179
- ^ a b c 加藤(2004)、P.87
- ^ 加藤(2004)、P.89
- ^ 加藤(2004)、P.78~79
- ^ 佐々町郷土史、P.384
- ^ 瀬戸市史 陶磁史篇 三、P.215~216
- ^ 瀬戸市史 陶磁史篇 三、P.209
- ^ 瀬戸市史 陶磁史篇 三、P.213
- ^ 瀬戸市史 陶磁史篇 三、P.219
- ^ a b 瀬戸市史 陶磁史篇 三、P.217
- ^ a b 佐々町郷土史、P.397
- ^ 民吉作の皿 伝統と歴史/佐々町教育委員会
- ^ 瀬戸市史 陶磁史篇 三、P.208
- ^ 加藤(2004)、P.50
- ^ 加藤(2004)、P.80
- ^ 佐々町郷土史、P.399
- ^ 早稲田大学演劇博物館 現代演劇上演記録 - ウェイバックマシン(2016年3月5日アーカイブ分)
- ^ オペラ「民吉」~コンサート形式~第1回 EXPO 2005 AICHI, JAPAN
- ^ 町制施行70周年記念 長崎県佐々町町勢要覧2011 本編 9頁
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