全日制課程の欠員補充募集について
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/12 01:04 UTC 版)
「福岡県立山田高等学校」の記事における「全日制課程の欠員補充募集について」の解説
現在、福岡県内で「二次募集」と呼ばれている福岡県公立高校全日制欠員補充募集は福岡県教育委員会が1988年(昭和63年)より合格発表時に20名以上の欠員が出た県立高校全日制に対し「福岡県立高校全日制欠員補充募集」という名称で開始したものであり、第1回目は本校の他、嘉穂工業高校、福岡県立西鞍手高等学校、福岡県立田川農林高等学校、福岡県立八女農業高等学校、福岡県立大牟田南高等学校の6校13学科(募集定員は計530名)で実施された。 この補充募集の選抜方法は県立高校全日制の本試験で不合格となった受験生の結果が補充募集実施校に送られ、それを基に面接(一部の高校では作文も加わる)を実施して合否を判定するというものであり、これに関しては現在でも同一である。但し、県立高校全日制の本試験を受験して不合格となっていることが出願の絶対条件であり、本試験で不合格となった県立高校全日制の学科が補充募集実施校の補充募集実施学科であった場合の出願(早い話が同一高校の同一学科へ再度出願すること)や受験可能エリア(県立高校普通科の場合は原則として学区)外に所在する補充募集実施校への出願は現在でも福岡県内に8校ある市町立高校全日制 を含めて一切認められていない。1991年(平成3年)より市町立高校全日制の本試験で不合格となった受験生に関しても出願可能となり、1993年(平成5年)には補充募集志願者数及び志願倍率の公表を開始。そして1994年(平成6年)に久留米市立南筑高等学校理数科が参加することによって現行名へ改称、また「欠員20名以上」という従来の基準も廃止 されて現在に至る[要出典]。 深刻な定員割れを起こしていた山田高校の場合はほぼ毎年この補充募集の実施校 となり、特に1989年(平成元年)から1996年(平成8年)までの間は1991年(平成3年)の188名を最高に毎回100名以上の補充募集定員を確保していたが、この制度のお陰で多くの本試験不合格者を救済することが出来た。この補充募集については賛否両論ある が[要出典]、本校の属する筑豊地区では公立志向が他地域よりも高く、それに加え山田高校受験可能エリアには一部を除いて住民税非課税世帯をはじめとする低所得世帯や生活保護受給世帯が多く存在しており(本校の授業料は他の県立高校よりも少し安く設定されていた が、それに加え以前所有していたホームページでは前記世帯を対象とした授業料減免制度の紹介をしていた程であった)、実際1987年(昭和62年)以前に前記世帯出身の受験生が県立高校全日制の本試験に失敗した場合、残された選択肢は定時制の補充募集 か就職 だったのである[要出典]。 一時期は少子化による県立高校統廃合の影響で実施校及び実施学科が大幅に減少していたものの、2010年(平成22年)辺りからは再び増加傾向にある。ちなみに補充募集定員が歴代最多だったのは1994年(平成6年)の999名、学校及び学科単位では1992年(平成4年)における大牟田南高校普通科の271名であった[要出典]。
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