仏教の革新運動
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/22 04:56 UTC 版)
「鎌倉仏教」も参照 12世紀中ごろから13世紀にかけて、新興の武士や農民たちの求めに応じて、日本仏教を変革する運動として鎌倉新仏教の宗派が興隆すると、南都仏教(旧仏教)の革新運動がすすんだ。大きな特徴は、平安時代までの鎮護国家から離れた大衆の救済への志向であり、国家から自立した活動が行われた。 これは保元の乱、平治の乱から治承・寿永の乱と続く戦乱の時代により厭世観(末法思想)が強まり、魂の救済が求められるようになったためである。また、仏教の一般大衆化も推進された。 平安時代を通じて鎮護国家を担う山門(比叡山延暦寺)勢力は教義の教えや体系的な学問に励む一方、加持祈祷や僧兵の武力を通じて、政治権力を持つようになった。その一方で、円仁が比叡山に伝えた念仏三昧法から源信の天台浄土教、良忍の融通念仏宗など浄土教の興隆があった。また、天台宗はすべての衆生は成仏できるという法華一乗の立場を取っていた。鎌倉新仏教の開祖たち(一遍を除く)は比叡山に学んでおり、比叡山は一切衆生の救済を説く鎌倉新仏教を生む母胎であった。 浄土信仰浄土宗(法然) 浄土真宗(別名:一向宗)(親鸞) 時宗(一遍) 禅宗臨済宗(栄西) 曹洞宗(道元) 法華経法華宗・日蓮宗(日蓮)
※この「仏教の革新運動」の解説は、「鎌倉時代」の解説の一部です。
「仏教の革新運動」を含む「鎌倉時代」の記事については、「鎌倉時代」の概要を参照ください。
- 仏教の革新運動のページへのリンク