人物・記録
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/08 01:58 UTC 版)
訪日歴が長いこともあり、日本語に堪能であり、インタビュー等でも通訳なしで難なくこなすことが出来る。当初は文字も読めず、言葉も全く分からず、日本での生活には、不安しかなかったという。4ヶ月後に家庭教師をつけて、カフェや食事に行き「注文は自分でして下さい」と言われ自分でひと通りできるようになり始めてから、生活が楽しくなり、家庭教師をつけてから約3ヶ月で、日本語をほぼ聞き取れるようになった。話す事に関しては、先生から「使っていかないと覚えられない」と言われ、覚えた言葉はどんどん使うようにして、慣れていった。「日本語を覚えてからは、生活がだいぶ楽になりました。言葉ひとつでこれだけ生活が変わるのかと。この先生でなければ、ここまで早く日本語を覚えることはできなかったと思うので、感謝しています」と話した。 メディアなどでは「ジンヒョン」と呼ばれているが、実際の発音に近いのは「ジニョン」である。 バスケットボールに関しては「アマチュアレベルなら、結構自信はあります」としており、練習拠点が同じ大阪舞洲エリアである大阪エヴェッサの選手との対決や対談などの企画に前向きであり「プロの選手には負けると思いますけどね。いつか、ぜひ楽しみにしています!」と話した。 2017年に結婚と入籍を発表。2018年、J1通算200試合出場試合では妻から祝福の花束を受け取った。 オフサイドが適用されないゴールキックの利点を生かし、柿谷曜一朗のゴールを2回アシストした。これらはJリーグ公式発表のアシスト距離ランキングで1位(93.08m)、2位(89.69m)にランクインしている。 2011年4月19日から2021年4月19日までの10年間で最もリーグ出場試合が多いJリーガーである(344試合)。また、同記録は主要35カ国を対象にした国内リーグ出場試合数ランクで、世界3位である(1位セバスティアン・ビエラ、2位カスパー・シュマイケル)。 2017年の第5節からリーグ戦フルタイム出場を続けていたが、2022年5月6日第12節に相手選手との接触で、脳震とうの疑いがあることから、昨季導入された「脳振とうによる交代」がレフェリーに認められた。J1連続試合フルタイム出場は歴代3位の181試合で途絶えた 。これに関して、本人は「記録よりは、長く人生を過ごしたい。記録はもったいないが、次を目指していけばいい」と、気丈にコメントした。 2022年3月19日のJ1第5節北海道コンサドーレ札幌戦で中島大嘉の得点が金子拓郎の得点とされ、試合後も中島の得点だと認定されなかったが、キムジンヒョンが中島がボールに触れていた事を証言したことがきっかけで訂正され中島のJリーグ初ゴールが記録された。これに関して「目の前で起こったことを正直に伝えただけです。選手として取るべき行動というものは確かにありますから。もちろん私もピッチでは興奮して、いい姿の時もあれば、良くない姿を見せる時もあります。」と話した。 セレッソ大阪所属選手として史上最多出場記録を更新し続けている。 Jリーグの外国籍選手の単一クラブ最長在籍記録を更新し続けている。 外国籍選手のJ1通算最多出場記録を更新し続けている。
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