ロリコン・カルチャー
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/14 15:37 UTC 版)
詳細は「ロリコンブーム」および「少女ヌード写真集」を参照 カウンターカルチャー運動による性の解放は、バイセクシャルなどかつてのタブーを解放し、さらに一部では児童を性的対象とする究極のタブーにまで及んだ。1960年代後半より、数々の商業目的の児童ポルノ雑誌やビデオが発売されるようになった。ビデオではColor Climax Corporation社の『Lolita』シリーズ、雑誌では『Bambina Sex』『Anna and her Father』、そして『Lolita Sex』などが初期の例である。1980年代以降、児童ポルノは多くの国で禁じられ、これらの雑誌は消滅するが、現代ではダークウェブや法規制が不十分な発展途上国にコンテンツ供給網が移行している。また、1980年代から児童ポルノの制作地は東南アジア、南アジア、さらには南アメリカが活発になり、日本を筆頭とする先進国から後進国への児童売春ツアーなども行われるようになった。1987年には、ペドフィリアを擁護する論壇誌『Paidika: The Journal of Paedophilia』が発刊された。 日本では、山木隆夫撮影の少女ヌード写真集『LITTLE PRETENDERS 小さなおすまし屋さんたち』(ミリオン出版)や同人誌即売会のコミックマーケット11で頒布された日本初の男性向けエロマンガ同人誌『シベール』(無気力プロ)が起爆剤となり、黎明期のおたく文化やサブカルチャーが合流する形でロリコンブーム(≓80年安保)が1979年に起こった。その後、白夜書房は月刊誌『Hey!Buddy』をロリコン路線に転向させ、鬼畜系の元祖的存在である青山正明や蛭児神建も同誌の主筆として活動する。
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