ライブにおける数々の過激パフォーマンス
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「ハイテクノロジー・スーサイド」の記事における「ライブにおける数々の過激パフォーマンス」の解説
「公開自殺宣言ツアー'92」2日目の1992年8月1日 広島NAMIKI JUNCTIONではクレイジーが消火器を2本ぶちまけた為、客やスタッフが倒れMINATOは救急車で運ばれ入院となり、ミキサー卓等の機材に1000万以上の損害が出てしまい、何千万もの金額を請求されたが、今後一切広島の敷居をまたがないことを条件に示談で済んだ。同年11月1日 都立商科短期大学でのライブにて、クレイジーは勢い余って教室を飛び出し、金属バットでドアや窓ガラスを次々と破壊したり、ロッカー、傘立てやゴミ箱等をひっくり返すなどをして破壊の限りを尽くした。MINATOはギターを叩き壊した。また、11月3日 駒澤大学では大暴れする常連客の為にダイビング用お立ち台が設置された。同年11月28日 三軒茶屋HEAVEN'S DOORで行われたハイテクノロジー・スーサイドwithミスター・ポーゴは後の猛毒に続くプロレスラーとの共演第1弾。三宅綾を従えたポーゴはドラムやギターを破壊し客席にも乱入。ライブのラストにクレイジーが必ずやっているドラムへのダイビングでは、ポーゴに持ち上げられて頭からぶん投げられ、ドラムがワンタムだった為にバスドラから出ていた余りの棒がクレイジーの脇腹に突き刺さった。また、この日ポーゴはガソリンを持参してきて本番直前までライブで使用するつもりだったが、ヘブンスドア店長ホーリーの説得で事なきを得た。 1993年3月20日 三軒茶屋HEAVEN'S DOORで行われたワンマンライブでのクレイジーの自傷行為は、ステージと客席の間に張り巡らされた有刺鉄線での首吊り、マイクスタンドに取り付けられた無数の釘による額の流血、さらには電気ドリルで自らの体を切り刻もうとしたが、スタッフが慌ててコンセントを引き抜くというもので、また、最前の手すりに松明が取り付けられてライブ中に火が灯された為、前方の客は煙と炎に悩まされた。同年7月4日 三軒茶屋HEAVEN'S DOORのライブで五寸釘をびっしり打ちつけた板がドラムにダイブしたクレイジーの頭上に落下され、さらに翌月の東名阪ツアーでは3カ所全てで有刺鉄線の束が落下された。同年8月12日 渋谷CLUB QUATTROでツージーがドライアイス入りのバケツに放尿。終演後そのままトイレに流して詰まらせてしまい、その為にハイテクはクアトロ出入り禁止となり(現在は解消)、この模様は『公開自殺ドキュメント-1989〜1994-』にも収録されている。1994年2月5日 三軒茶屋HEAVEN'S DOORの活動停止ライブにて客席で炎上したドラムが一部の客に燃え移り「FRIDAY」(94年2月25日号)に炎上するドラムの写真とともに「パンクバンドの最後の火遊び」と紹介された。 2006年1月1日 三軒茶屋HEAVEN'S DOORにて行われた復活ライブで、1993年に行われたワンマンライブの再現となる有刺鉄線が再び張り巡らされ、上部に取り付けられた発炎筒から落ちる火の粉が最前の客やスタッフに降り注いだ。MINATOはヘブンスドア備え付けTVモニターに何度もギターを、クレイジーは店の外へ飛び出し金属バットで看板やシャッターを叩き付け、客席で炎上するドラムをスタッフが消火器で消火して終了となった。このライブの影響で店の復旧には2日を要することとなった。
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