ムスリムの愛国主義
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/08 08:31 UTC 版)
「中国におけるイスラームの歴史」の記事における「ムスリムの愛国主義」の解説
上記の学校教育の誕生でムスリムの間には初めて「国家意識」や「イスラームを振興する中国人」という意識が生まれ、1906年に北京で丁宝臣による命がけで「愛国」をして「中華を守る」ことを国民の使命として掲げた『正宗愛国報』や、1908年の日本に留学したムスリムが結成した留東清真教育会の機関誌である『醒回篇』など愛国的な雑誌が創刊された。なお、留東清真教育会の一部は1905年に結成された中国同盟会に加わり、辛亥革命において大きな役割を果たしたとされている。 孫文は中国のムスリムの愛国主義に関して以下のように語った。 …三民主義は、国内の民族を一律平等の開放に嚮わしめるにある。回族は中国に在りて歴代受けたるところの圧迫は最も甚だしく、苦痛最も多く、しかして革命性もまたまた強かった。ゆえに今後は宜しく回民の喚起に従事市民族解放の革命運動に加入せしむべきである。回族は勇敢に向うを以て犠牲を恐れざるは世に著名なれば、いやしくも能く回民の覚悟を喚起すれば、まさに革命の前途をして、一つの絶大の保証を得せしめる。… —孫文
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