ミサイル艇への発展
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/09 03:34 UTC 版)
大戦後も、各国で魚雷艇様式の高速艇の研究・開発が進められており、イギリスでは主機としてガスタービンエンジンの導入を試みた。 一方、1940年代から1950年代にかけて、魚雷に代わる対艦兵器として艦対艦ミサイル(SSM)が登場しはじめていた。ソビエト連邦では、1950年代末にP-15「テルミート」(SS-N-2「スティクス」)の開発に成功すると、ただちに183型(P-6級)魚雷艇(ロシア語版、ドイツ語版)の雷装をSSM装備に換装した183R型ミサイル艇(コマール型)の配備を開始した。西側諸国でのミサイル艇の先駆者にあたるイスラエル海軍のサール級ミサイル艇(サールI~III型)も、西ドイツ海軍のヤグアル級魚雷艇を発展させた設計であった。 このように初期のミサイル艇の多くは魚雷艇の発展型であったほか、ノルウェー海軍のスネッグ級やスウェーデン海軍のノーショーピング級など、北欧諸国の初期のミサイル艇では魚雷発射管が併載されていた。また、特にソ連海軍では、SSMで一義的な戦闘力を奪ったのちに長魚雷による接近攻撃でとどめを刺すという運用を構想するとともに、対潜兵器も兼用させる場合もあったことから、ミサイル艇が実用化されたあとでも魚雷艇の建造が続けられた。ただし水上艦攻撃の構想が後退するにつれて、1980年代以降、魚雷艇の新規の就役はなくなっていた。 2000年頃には、世界中で162 隻の魚雷・ミサイル兵装混載艇と47 隻の純粋な魚雷艇が運用されていた。その内訳は、バングラデシュで1隻、ミャンマーで10隻、エジプトで8隻、イスラエルで17隻、ロシア連邦で5隻(国境警備艦艇を除く)、朝鮮民主主義人民共和国で6隻であった。 ソ連海軍の183R型ミサイル艇 イスラエル海軍のサールII型ミサイル艇
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