フランスでのキャリア
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/22 01:04 UTC 版)
「ドミニク・ブシェ」の記事における「フランスでのキャリア」の解説
1969年、料理人のCAP(職業適性証)を取得し、ラ・ロシェルのホテル専門学校で学んだあと、パリのフランス料理店の厨房でコミとして働き始める。19歳のとき、セーヌ川の船上シェフをしていたジョエル・ロブションの下で3か月働いたのち兵役に1年間服した。 1974年、22歳のときに、「コンコルド・ラファイエットホテル」(当時ミシュラン一つ星)のシェフに就任していたロブションの下に戻り、右腕として活躍。1978年、「ジャマン」(当時ミシュラン二つ星)のシェフに就任し、3年間二つ星を維持する。 1981年、当時ミシュラン三つ星の「トゥール・ダルジャン」のオーナー、クロード・テライユより、厨房の指揮を執るよう依頼され、若干29歳にして三つ星シェフとなる。この頃から日本との関係を積極的に築き始め、東京のトゥール・ダルジャン開業にも携わる。7年に渡り、三つ星を維持する。 パリで20年間キャリアを積んだブシェは、生まれ故郷であるシャラント地方、モスナックにホテル・レストラン、「ムーラン・ド・マルクーズ」を開業し、オーナーシェフ兼ビジネスディレクターとして2年目に二つ星がつく。それから8年後、パリの中心、コンコルド広場に佇むパラス、「ホテル・ド・クリヨン」の総料理長に就任、メインダイニング、「レ・ザンバサドゥール」(当時ミシュラン二つ星)他、ホテル内の食にまつわる全ての指揮を執る。1999年、フランスの料理専門雑誌『Le Chef』(ル・シェフ)によって、フランス中のシェフ、パティシエ、ソムリエの投票によって《今年のシェフ》に選ばれる。 30年間ガストロノミー界を牽引してきたブシェは、2004年、ホテル・ド・クリヨンを離れて独立、パリ8区に自分の名を冠した小さな店、「レストラン ドミニク・ブシェ」をオープン(ミシュラン一つ星)。続いて日仏交流の場としてレストラン隣に「Wa-Bi Salon」を、反対隣にはセルフサービスのカンティーヌ、「Little B」もオープンした。
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