バリ絵画とは? わかりやすく解説

バリ絵画

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 18:03 UTC 版)

バリ島」の記事における「バリ絵画」の解説

色彩豊かで緻密な描写特徴であるバリ絵画の原点は、16世紀後半マジャパヒト王国時代のころとされ、王宮向けの装飾絵画として発展し『ラーマーヤナ』『マハーバーラタ』ヒンドゥー多神教の神々などが題材とされてきた。当時から伝わるバリ絵画の技法はカマサン・スタイルと呼ばれ基本的に5色(黒、白、黄、青、茶色)を使用し遠近法用いず平面的に描かれることが多い。特にカマサンでは、伝統的な技法継承加え新し感性加味し発展させている。 オランダ支配時代1920年代来島した前述ヴァルター・シュピースオランダ人画家ルドルフ・ボネらと、グスティ・ニョマン・レンパッド代表される地元作家との交流から芸術家協会(ピタ・マハ協会)が生まれ遠近法などの新し技法が加わることでさらに発展し、バリ絵画は国際的な水準にまで引き上げられた。1930年代ピーク時には、100名以上の芸術家がピタ・マハ協会所属していた。この間生まれた画法としては、墨絵のような細密画特徴とするバトゥアン・スタイル、ボネ指導によって生まれた日常風景題材とするウブド・スタイルなどがある。 また、商取引によるバリ絵画作品散逸を防ぐ動き現地画商の間で見られている。そのさきがけとなったのが、ウブド画商パンデ・ワヤン・ステジョ・ネカであり、ウブドでは彼の設立したネカ美術館運営されている。ほかには、かつてルドルフ・ボネらが1956年開設したウブド絵画美術館(プリ・ルキサン)、デンパサールバリ博物館バリ文化センター、そして、1932年からサヌール海岸に居を構えたベルギー人画家ル・メイヨールの作品収めたル・メイヨール絵画美術館などがある。しかし他方では、高名な画家作品手に入れた美術品店が、それをモデルにして若い絵師贋作を作らせ観光客売りつけるケースもあり、美術品店嫌いの画家も多い。

※この「バリ絵画」の解説は、「バリ島」の解説の一部です。
「バリ絵画」を含む「バリ島」の記事については、「バリ島」の概要を参照ください。

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