チンギス・カンの名の由来
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「義経=ジンギスカン説」の記事における「チンギス・カンの名の由来」の解説
チンギス・カンの称号の由来については諸説あり、現在も意味は良くわかっていない。1206年に即位した時に、コンゴタン部族出身の巫者ココチュ・テプ・テングリによって「チンギス・カン」という称号が贈られたことは、『集史』や『元史』『元朝秘史』などの諸資料で共通して記録されている。この巫者(シャーマン、カム)ココチュ・テプ・テングリとは、『元朝秘史』にはチンギスの父イェスゲイに親しく仕えていた従者モンリク・エチゲの四男であったとされている(ただし、『集史』ではモンリク・エチゲはチンギスの母ホエルンの再婚相手だったため「エチゲ(父)」と呼ばれていたと述べている)。また『集史』によると、「チング( چينگ chīng)」はモンゴル語で「強大な」を意味し、「チンギズ( چينگگيز Chīnggīz)」はその複数形で、ペルシア語での「王者中の王者」( پادشاه پادشاهان pādshāh-i pādshāhān)と同じ意味であるとしている。後代のクビライ家の後裔であるサガン・セチェンによるモンゴル語歴史書『蒙古源流』(1662年成立)には、「テムジンが二十八歳の甲寅の年(1194年)にでケルレン河のコデー・アラルでハーン(Qaγan)位に即いた時に、その日から三日目の朝にわたってテムジンのゲル (家屋)の前の石に止まった五色の瑞鳥が、「『チンギス、チンギス』とさえずったので、中央で唱える名、『スト・ボグダ・チンギス・ハーン(Sutu Boγda Činggis Qaγan)』として、各方面で有名になった」と記している。 また、『元朝秘史』には「海内(かいだい)の天子」という意味もあるとしている。ソ連時代のブリヤート・モンゴル人の学者ドルジ・バンザロフによると、「チンギス」はシャーマニズムにおける光の精霊の名前、Hajir Činggis Tenggeri に由来するとする説を唱えた。ペリオはテュルク語での「海」(tengiz)を意味するとしている。
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