エルジェーベト‐ばし【エルジェーベト橋】
エルジェーベト橋
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エルジェーベト橋 (エルジェーベトばし、ハンガリー語: Erzsébet híd) は、ハンガリーの首都ブダペストのドナウ川沿岸で、ブダ地区とペシュト地区(ペスト地区)を結ぶ3番目に新しい橋である。再建された現在のエルジェーベト橋は白いシンプルなケーブル吊橋だが、かつて同じ場所にあった旧エルジェーベト橋は、チェーン吊橋として特筆すべき長さと美しさを備えていた。
- ^ 『ウィーン プラハ・ブダペスト 2016 まっぷるマガジン 海外』昭文社、2016年、99頁。ISBN 978-4-398-28119-7。
- ^ a b c d e f 南塚 (2007) pp.229-232
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- ^ 南塚 (2007) p.231、河野 (2009) pp.116-119、地球の歩き方編集室 (2012) p.74
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- ^ メドベド (1999) p.193
- ^ 地球の歩き方編集室 (2012) p.89
- ^ 日本・ハンガリー交流年 2009
- ^ ハンガリー文化センター 先週のハンガリー 2008.12.15-21
- 1 エルジェーベト橋とは
- 2 エルジェーベト橋の概要
- 3 歴史
- 4 日本との関係
エルジェーベト橋
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「ブダペストのドナウ河岸とブダ城地区およびアンドラーシ通り」の記事における「エルジェーベト橋」の解説
詳細は「エルジェーベト橋」を参照 エルジェーベト橋は、世界遺産登録対象の橋の内、一番下流に位置している。1903年の完成当初はセーチェーニ鎖橋と同じくチェーン吊橋の工法が採用され、チェーン吊橋としては世界最大で最も美しいとも言われていた。しかし、これもドイツ軍に破壊され、再建されることになったが、それらの橋の中では例外的に新しいデザイン(ケーブル吊橋)が採用された。これは再建時の資金不足と新しい工法を試そうとしたことによるという。再建は1964年のことだった。 橋の名前は、美貌で知られたオーストリア皇后エリーザベト(ハンガリー王妃エルジェーベト)にちなんでいる。もともとこの名前は、そのすぐ南の橋がエリーザベトの夫であるオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世(ハンガリー王フェレンツ・ヨージェフ)にちなんでフェレンツ・ヨージェフ橋と呼ばれていたこととセットだったが、後者は共産主義政権下で「自由橋」と改称されて現在に至る。自由橋は1899年に建造され、第二次世界大戦後には市内で一番早く復元された橋だったが、前述の通り、こちらは世界遺産登録対象ではない。 エルジェーベト橋 エルジェーベト橋 エルジェーベト橋 破壊前のエルジェーベト橋
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