インディーズデビューまで
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 16:26 UTC 版)
「SEKAI NO OWARI」の記事における「インディーズデビューまで」の解説
2000年 - NakajinとFukaseは中学校の同級生だった。Fukaseの上履きのつま先部分にゆずの絵が書いてあることに気づいたNakajinが、Fukaseに「ゆず聞くの?」と声をかけたことをきっかけに、2人は仲良くなっていった。Nakajinがアコースティックギターとハーモニカ、Fukaseは出会った当時ギターを持っていなかったため、タンバリンを持って、2人でゆずのコピーを始める。 2001年 - NakajinとFukaseは別々の高校に進学する。また、高校時代、Fukase、初代DJ LOVE、二代目DJ LOVEの3人でコピーバンドをやっていたが、Fukaseの高校中退と共になくなった。NakajinとFukaseは大晦日に地元の神社で偶然再会する。パンク・ロックを聞き始めていた2人は再び意気投合した。 2005年 - NakajinとFukaseが2人でオリジナル楽曲を制作し始める。NOFXやランシドなどのパンクロックバンドに影響を受けていたために、初オリジナル楽曲はギターロックにのせてFukaseがシャウトするような内容であった。並行してバンドメンバーを再三募集するが、なかなか定着しなかった。その後、初代DJ LOVEと3人で楽曲を制作していた。「まずは仲間が集まることの出来る場所を借りよう」とFukaseが提案し、場所を探し始める。 2006年 - 印刷工場だった地下空間へたどり着き、ライヴハウス『club EARTH』(東京都大田区)を手作りで設立した。 2007年 - Nakajin(ドラム)、初代DJ LOVE(ベース)、Saori(ピアノ)、Fukase(ボーカル・ギター)で、コピー・バンドをやっていた。BUMP OF CHICKENの「プラネタリウム」、銀杏BOYZの「銀河鉄道の夜」、the band apartの「星に願いを」、サザンオールスターズの「真夏の果実」などをコピーしていた。ライブハウス『club EARTH』を完成させて約半年後、活動をオリジナル曲の制作の方にシフトしていき、バンド・世界の終わりを結成。自主制作で1000枚限定のデモ・アルバム『sekai NO oWARi』を制作した。ライブハウス『club EARTH』での初ライブをするが、観客は15人であった。この頃、二代目DJ LOVEは、機材の搬入・搬出や、club EARTHでのライブ時にバンドとバンドの合間にDJをしていた。 2008年 - 初代DJ LOVEがバンドを脱退。それを受けて、club EARTHのボランティアスタッフをしていたDJ経験のある高校時代の友達にFukaseが「一生のお願いだからバンドに入ってくれ」とバンド勧誘の電話をかけ、ピエロのお面と名前を引き継いだ形で現在のDJ LOVEが加入。ギター、ボーカル、ピアノ、DJという編成でバンドを結成する。二代目DJ LOVE加入後、下北沢で行った初ライブで元のマネージャー宍戸亮太に声をかけられる。二代目DJ LOVEは、加入と共に事務所との契約が決まったことから、メンバーに「福の神」と呼ばれている。
※この「インディーズデビューまで」の解説は、「SEKAI NO OWARI」の解説の一部です。
「インディーズデビューまで」を含む「SEKAI NO OWARI」の記事については、「SEKAI NO OWARI」の概要を参照ください。
Weblioに収録されているすべての辞書からインディーズデビューまでを検索する場合は、下記のリンクをクリックしてください。
全ての辞書からインディーズデビューまでを検索
- インディーズデビューまでのページへのリンク