はやぶさ型駆潜艇とは? わかりやすく解説

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はやぶさ (駆潜艇)

(はやぶさ型駆潜艇 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/01 23:03 UTC 版)

はやぶさ
基本情報
建造所 三菱造船長崎造船所[1]
運用者  海上自衛隊
艦種 駆潜艇
艦歴
計画 昭和29年度[1]
発注 1954年
起工 1956年5月23日
進水 1956年11月20日
就役 1957年6月10日[1]
1977年10月1日(特務艇に種別変更)[1]
除籍 1987年2月28日[1]
要目
排水量 基準 380トン[1]
満載 420トン[1]
長さ 58.0 m[1]
7.8 m[1]
深さ 4.1 m[1]
吃水 2.0 m[1]
機関 CODAG方式[1]
主機 三井B&W 1222VBU-34V型ディーゼル(2,000PS)× 2基
三菱MUK-501型ガスタービン(5,000PS)× 1基
出力 9,000PS[1]
推進器 スクリュープロペラ × 3軸[1]
速力 最大速 26ノット[1]
乗員 75名[1]
兵装 Mk.1 40mm連装機関砲 × 1基
MK.10 ヘッジホッグ × 1基
55式爆雷投射機(Y砲)× 2基
54式爆雷投下軌条 × 2条
レーダー SPS-5B 対水上
Mk.63 砲射撃指揮装置
ソナー SQS-11A
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はやぶさローマ字JDS Hayabusa, PC-308、ASY-91)は、海上自衛隊駆潜艇。艇名はハヤブサに由来し、この名を受け継ぐ日本の艦艇としては旧海軍隼型水雷艇」、鴻型水雷艇」に次いで3代目である。

概要

海上自衛隊は昭和29年度計画において、甲型駆潜艇7隻・乙型駆潜艇1隻の建造を計画し、この内、甲型駆潜艇が「かり」型4隻と「かもめ」型3隻であり、乙型駆潜艇は「はやぶさ」であった[1]

「はやぶさ」は、主機械にディーゼルのほか、実験的にブースター用にガスタービンを搭載した海上自衛隊初のCODAG推進艇であった。

「はやぶさ」に搭載されたガスタービンは、防衛庁(当時)技術研究本部が開発し、三菱造船長崎造船所が製造したMUK501で、運輸省練習船「北斗丸」に搭載されたものと同機種である。このガスタービンはタービンブレードの破損に悩まされたが改良を重ねて運用を行い、ディーゼル主機のみで20ノット、ガスタービンを併用すると26ノットを発揮できた。巡航時はディーゼルのみが稼動した。

「はやぶさ」はガスタービンを機関に用いた高速艇であったため、様々な配慮がなされており、艦橋などは「かり」型・「かもめ」型と似通った外観となっていたが、船体形状は大きく異なり、艦首から艦橋部までの舷側部に大きなナックルを有しており、高速航行時の凌波性向上が図られている。船体幅も「かり」型・「かもめ」型より1メートル広くなっている。艦橋後部の甲板室にはガスタービン用の大型煙突とその両側にガスタービン用吸気口が、後部甲板室上にはディーゼル主機用の小型煙突がそれぞれ設けられていた。

兵装は、「かり」型・「かもめ」型と同様のものを搭載していた。

艦歴

「はやぶさ」は昭和29年度計画乙型駆潜艇として、1956年(昭和31年)5月23日に三菱造船長崎造船所で起工され、1956年(昭和31年)11月20日に進水、1957年(昭和32年)6月10日に就役し、大湊地方隊に編入された。1958年(昭和33年)1月16日、大湊地方隊第2駆潜隊に編入。なお、就役した時点ではガスタービンは完成しておらず未搭載であったが、1962年(昭和37年)2月に搭載工事が行われ、それに合わせてガスタービン用煙突の延長工事も行われた。第2駆潜隊は「かもめ」型3隻と編成されていたが、運動性能はかなり違っていたというが、ガスタービンが搭載された後も編成が変わる事はなかった。

「はやぶさ」は海上自衛隊唯一のガスタービン搭載艇として活躍したが、1970年(昭和45年)にガスタービン用の中央軸を損傷してしまい、同年4月にガスタービン機関と中央軸を撤去した。このため以降はディーゼル機関のみの運用となった。

1960年(昭和35年)3月1日、第2駆潜隊が呉地方隊隷下に編成替え。

「はやぶさ」は後部甲板の甲板幅が広いことから特務艇「ゆうちどり」の老朽化に伴い特務艇への改装が決定し、1977年(昭和52年)10月1日、特務艇に種別変更(ASY-91)され、横須賀地方隊に編入[1][2]横浜ヨットで迎賓艇への改造工事を受け、1978年(昭和53年)4月20日、工事が完了し再就役した[2]。艦橋構造物後方に甲板室(一層)が設置されており、内部は会食室や休憩室など、上部は立食パーティ用のプロムナードデッキとなっている[3]。正式なディナーの場合15名、立食パーティであれば約100名の迎賓能力があった[3]

1987年(昭和62年)2月28日、除籍[1]

特務艇に改装後の「はやぶさ」

脚注

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s 海人社 2017, p. 81.
  2. ^ a b 海人社 1978.
  3. ^ a b 海人社 1984, p. 54.

参考文献

  • 海人社(編)「海上自衛隊ニュース」『世界の艦船』第254号、海人社、1978年5月、125頁。 
  • 海人社(編)「海上自衛隊艦船の全容」『世界の艦船』第341号、海人社、1984年9月、31-59頁。 
  • 世界の艦船 増刊第66集 海上自衛隊全艦艇史』(海人社、2004年)
  • 海人社(編)「海上自衛隊全艦艇史」『世界の艦船』第869号、海人社、2017年11月。 
  • 丸スペシャル No.66 哨戒艦艇 駆潜艇/哨戒艇/魚雷艇』(光人社、1982年)



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