さまざまな杉原紙
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/17 03:15 UTC 版)
中世には、杉原紙の主要な産地は播磨国、加賀国、周防国だった。 近世には、加賀国、周防国、石見国、備中国、豊前国、越後国などへ拡大し、江戸中期の『和漢三才図会』や『新撰紙鑑』には杉原紙の産地として20ヶ国ほどが挙げられている。例えば備中・備後の杉原紙では上等品として三好杉原、中等の足守杉原や備中杉原というように、同じ産地でも区別があった。 杉原紙の主な生産国 九州 - 豊後国(豊後杉原) 四国 - 阿波国(阿波杉原)、伊予国(伊予杉原)、土佐国(土佐杉原) 中国 - 因幡国(因幡杉原)、出雲国(出雲杉原)、備中国(備中杉原、三好杉原、足守杉原)、備後国(三好杉原)、安芸国(広島杉原) 近畿 - 丹後国(丹後杉原、佐次杉原)、但馬国(但馬杉原)、播磨国(播磨杉原)、大和国(吉野杉原) 中部 - 越前国(越前杉原)、加賀国(加賀杉原)、美濃国(美濃杉原)、信濃国(信州杉原) 東国 - 下野国(那須杉原)、磐城国 播磨杉原(尋常杉原) 既述のように、播磨国杉原が杉原紙の原産地と考えられているが、杉原紙が各地で作られるようになると、各産地を冠して呼ばれるようになった。播磨国産の杉原紙は播磨杉原と呼ばれたが、ポピュラーなもの・他の杉原紙と区別して「尋常杉原」と呼ばれることもあった。播磨杉原の呼称は『多聞院日記』などに見られる。 『新撰紙鑑』(1777年/安永6年)には、播磨杉原をさらに細かく分類している。大広杉原、大物杉原、大中杉原、漉込杉原、大谷杉原(本谷杉原)、中谷杉原(小谷杉原)、荒谷杉原、八分杉原、久瀬杉原、思草杉原(しそう-)など。 鬼杉原 漉込杉原は別名を「鬼杉原」といい、最上級品で、目上への一束一本に最適とされた。10帖を1束とするので「十帖紙」とも称した。ほかにも思草杉原も一束一本に適うものとされている。 大谷杉原 大谷杉原は別名を本谷杉原という。播磨杉原のなかでも最大で、約35センチメートル×52センチメートル(1尺1寸5分×1尺7寸)の寸法がある。これを半分にしたものが「半紙」の寸法に相当する。 加賀杉原 「強紙」「強杉原」とも。 小広 - 吉野産の杉原紙。 大杉、中杉、小杉 - 土佐国・安芸国で作られた杉原紙だが、品質は劣る。 杉原紙は大きさ(判)によって「小杉原」「中杉原」「大杉原」と区別され、大杉原は手紙や文書に用いられ、小杉原は鼻紙に使われた。
※この「さまざまな杉原紙」の解説は、「杉原紙」の解説の一部です。
「さまざまな杉原紙」を含む「杉原紙」の記事については、「杉原紙」の概要を参照ください。
- さまざまな杉原紙のページへのリンク