『サテュロスと農夫』
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/24 07:42 UTC 版)
「ヤーコブ・ヨルダーンス」の記事における「『サテュロスと農夫』」の解説
『サテュロスと農夫』は『イソップ物語』からの道徳的寓話を描いた絵画で、ヨルダーンスはこの主題の作品を多く描いている。この寓話は一人の男とギリシア神話の聖霊サテュロスとの会話から始まる。ある寒い日に二人が話しているときに、男が自分の手に息を吹きかける。サテュロスがなぜそのようなことをするのか問いかけると、男は自分の手を暖めるためだと答えた。そのあと二人は食事の席に着き、男が今度は熱い食べ物が入っている皿を持ち上げて息を吹きかけた。再びサテュロスがそのようなことをする理由を尋ねると、今度は男は熱い食べ物を冷ますためだと答えた。するとサテュロスは男に向かって「お前との友情はこれまでだ。口から熱い息も冷たい息も同じように出せる男だとは思ってもいなかった」と吐き捨てた。この寓話の教訓は人間の多面性を表現したものだが、ヨルダーンスがこの場面を描いたのは寓話に興味を惹かれたためではなく、単に農夫が登場する場面を描きたかっただけだとする研究者もいる。 アルテ・ピナコテークが所蔵するヴァージョンでヨルダーンスが描いたのは、サテュロスが農夫に対してもうお前を信用できないと言い放った瞬間である。食べ物を口にしている農夫を尻目に、サテュロスは農夫の家を後にしようとして出し抜けに手を振り上げている。ヨルダーンスはこの物語の場面を農夫の家に設定し、雄牛、犬、猫、雄鶏を家財道具と人々の周りに配置して描いた。様々な年齢層の人々がテーブルを取り巻いており、農夫の後ろに立つ少年、幼児を抱く老女、サテュロスの肩越しに顔を覗かせる若い女性が描かれている。 ヨルダーンスが人物を描く際の特徴として、絵画前面に人物を配置して狭い空間に押し込めるように表現する作風があげられる。明暗法であるテネブリズムとキアロスクーロを多用することによって描く人物に劇的な効果を与え、この『サテュロスと農夫』では画面中央の老女に抱かれた幼児の表現に顕著となっている。画面最前面に薄汚れた農夫の脚を描くことで写実主義も表現しており、ここには当時のフランドル絵画で流行していたカラヴァジェスティの影響が見られる。ヨルダーンスは1620年から1621年ごろにかけて、この題材を扱った作品を二点描いており、アルテ・ピナコテークが所蔵するこのヴァージョンに描かれている若い女性は『羊飼いの礼拝』と同じ女性をモデルとしていると考えられている。ヨルダーンスが同じ題材をモチーフとして同様の作風で描いた多くの作品や模写と同様に、この『サテュロスと農夫』も助手や弟子たちの教育用手本として描いた絵画であり、ヨルダーンス独自の特徴はあまり見られない作品でもある。
※この「『サテュロスと農夫』」の解説は、「ヤーコブ・ヨルダーンス」の解説の一部です。
「『サテュロスと農夫』」を含む「ヤーコブ・ヨルダーンス」の記事については、「ヤーコブ・ヨルダーンス」の概要を参照ください。
- 『サテュロスと農夫』のページへのリンク