共通農業政策 概要

共通農業政策

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/05 02:19 UTC 版)

概要

共通農業政策は1960年に欧州委員会が提唱したことで創設された。これは1957年に共同市場の創設をうたったローマ条約が調印されたことを受けたものである。ところが当時の欧州経済共同体 (EEC) 加盟6か国ではそれぞれ国内農業に対して保護的な政策を実施しており、とくに生産品目や農作物の価格維持、農家の経営には手厚い措置がとられていた。保護政策の内容は国ごとに異なるものの、貿易の自由化がなされればこのような措置は障壁とみなされることになる。そのようななかで一部の加盟国、とりわけフランスや農業生産者団体は国ごとの手厚い農業保護措置の継続を求めた。そのため共通農業政策が実現されるには各国での保護措置が調整され、また共同体にそれらが移管されなければならなかった。そこで1962年までに市場統合、共同体による特恵措置、財源の一体化という3つの原則が共通農業政策の実施にあたって打ち立てられた。その後共通農業政策はEUの政策の中心に位置づけられている。

共通農業政策についてはフランスとドイツの政治的和解の産物であると言及されることがある。これはドイツの工業製品がフランス市場に参入する引き換えに、ドイツがフランスの農家に対して資金面で援助するという構図が描かれていることを受けた表現である。ドイツがEUの予算に対して拠出している額と、EUのドイツ向けの政策にかんする支出の額との差額を考えれば、確かにドイツはEUの財政における最大の負担者であるといえる。しかし2005年の時点で見ればフランスもまた負担者であるといえ、むしろ経済的にあまり豊かではない加盟国やスペインギリシャポルトガルといった農業により重心を置いている加盟国のほうが受益者であるといえる。なお2004年以降の新規加盟国に対しては、本来EUから加盟国に支払われる補助金について、EUの予算の状況を考慮すると全額支給をすることは不可能であるため、その額を一部制限するという規定が適用されている。

目的

共通農業政策の対象となる品目
共通農業政策において価格の調整が行われる特定農作物には以下の品目が挙げられている。

共通農業政策の目的はローマ条約第33条第1項に定められている(以下日本語仮訳)。 # 技術的進歩の促進と生産要素、とくに労働力の最適利用の確保による生産性の増進

  1. 農業従事者の適正な生活水準の保証
  2. 市場の安定
  3. 生産能力の確保
  4. 消費者に対する適正価格での食料の供給

共通農業政策については、農業そのものの社会的構造やさまざまな農業地域間での構造上・性質上の格差を考慮に入れ、漸次的に適切な調整を行う必要性があるとされている(同条第2項・仮訳)。

共通農業政策はEU域内の農産物価格の水準の維持や、生産に対する補助といったような複数の手法で運営されている。そのメカニズムには以下のようなものがある。

  • EUへの特定輸入品に対する関税 - 関税率は世界市場での価格をEUの目標価格までに引き上げるような水準に設定されている。目標価格は、その対象品がEU域内において望ましい価格の最高額となるように設定される。
  • EU域内への食品輸入量の制限 - 一部の非加盟国に対しては、EU域内での販売に際して特定の品目への関税が課されていないが、そのかわりに輸入量制限措置が実施されている。この措置は主に、個別のEU加盟国が従来より通商関係を持っていた国を対象としている。
  • 貯蔵による価格調節 - 域内市場価格が介入水準を下回った場合、価格引き上げのためにEUが商品を買い上げる。このときの介入水準は目標価格を下回るように設定される。つまり域内市場価格は介入価格と目標価格の間で推移することになる。
  • 農家に対する補助金の直接支払い - これはもともと農家の生産奨励と食料自給率の維持を目的に行われてきた。従来の補助金は総収穫量ではなく一定量を生産する耕地の面積に基づいて支給されてきた。その後2005年からこの制度の改革が実行され、補助金は耕作中の農地面積に基づいて定額を支給するようになり、また農業の手法も環境に配慮しているかということも要件となった。この改革の狙いは、農家にどの作物を生産するかを自身で選択する自由を与えるということと、補助金支給という過剰生産の誘引を削減するということにある。
  • 生産量制限および農地削減給付金 - ミルク、穀物、ワインなど市場価格を上回る補助金が支払われるような一部の食品の過剰生産を避けようとするために導入されたものである。過剰生産された農作物の貯蔵・廃棄は資源の無駄であり、このために共通農業政策に対して不満が集まった。このような制度が導入されたことを受けて第2次市場が発達し、とくにミルクの生産制限枠の売買が活発となり、また一部の農家では耕作が難しい農地を削減するなど給付金制度を活用している。最近では農作物の価格上昇やバイオ燃料への関心の高まりから、将来における活用が見込まれることもあって農地削減措置が停止されている。

補助金制度の変更は2011年までの完了が予定されているが、各国政府には新しい制度の導入方法について一定の権限が認められている。イギリス政府は新旧支給制度の両方を稼働させ、毎年段階的に新制度に移行している。旧制度での支給額は2002年から2003年の平均額で固定しており、その後次年度ごとに削減している。この制度の併用により農家は収入の維持が可能となるが、同時に新制度の下で農業経営の手法を転換することが求められている。イギリス以外の政府は様子見としており、できるだけ早い時期に、イギリスとは違って併用期間を置かず一度に制度変更を実施することにしている。一方で生産量を下支えするための補助金制度を継続することについての裁量は制限されている。また制度が変更されることで小規模農家が補助金を申請する資格を持つようになり、イギリスの農家では従来の2倍の額を受け取ることができるようになる。

共通農業政策ではまた域内での関係法令の統一化が図られている。加盟国ごとに法令が異なることで相互間での交易に障害が生じかねない。たとえば防腐剤食品着色料、ラベル表示、食用家畜に投与されるホルモンなどの薬剤や疫病対策、動物保護といった法令が挙げられる。このような貿易にあたっての法令上の障壁撤廃は未だに完了していない。

生産品目別の補助金給付の割合

共通農業政策にかかる資金はEUの欧州農業指導保証基金から拠出されている。共通農業政策改革の実施によってEUの予算に占める共通農業政策関連の歳出の割合は着実に下がってきているが、それでもなおおよそ半分を占めている。これまで共通農業政策関連の歳出のほとんどがフランスの利益となってきた。一方で2004年にEUに新規加盟した国は農業が盛んであり、共通農業政策関連支出ではフランスを上回る受益国となるはずだったが、既存の規定により本来受け取ることができる補助金よりも少ない額が支払われている。これらの国が補助金を満額受け取る資格を有するようになったさいに、どのように支払っていくのかという問題では共通農業政策改革にあたってフランスの譲歩を引き出しているが、財政の安定化のためにはフランスのさらなる譲歩が欠かせないものとなっている。


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