バーチャル・リアリティ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/07 03:26 UTC 版)
概要
バーチャル・リアリティは、コンピュータによって作り出された世界である人工環境・サイバースペースを現実として知覚させる技術である[4]。時空を超える環境技術であり、人類の認知を拡張する[5]。
コンピュータグラフィックスなどを利用してユーザに提示するものと、現実の世界を取得し、これをオフラインで記録するか、オンラインでユーザに提示するものとに大別される。後者は、ユーザが遠隔地にいる場合、空間共有が必要となり、テレイグジスタンス、テレプレゼンス、テレイマージョンと呼ばれる。後者は、第5世代移動通信システム(5G)との連携で一層実現しやすくなると期待されている。
ユーザーが直接知覚できる現実世界の対象物に対して、コンピュータがさらに情報を付加・提示するような場合には、拡張現実 (Augmented reality) や複合現実 (Mixed reality) と呼ばれる。
現実と区別できないほど進化した状態を表す概念として、シミュレーテッド・リアリティ(Simulated reality) やアーティフィシャル・リアリティ (Artificial reality) があるが、これはSFや文学などの中で用いられる用語である。
商用化としては、1990年代初頭の第1次VRブームが、技術的限界から画面表示のポリゴン数や解像度が低く、センサーの精度が低かったため利用者の動きと画面描画のズレが起きて酔いやすく、VR機器の値段も非常に高価で普及に至らず失敗に終わった。その後、2010年代初頭の第2次VRブームが起きてから商用化が進んだ。
歴史
SF作品におけるコンセプト段階
スタンリイ・G・ワインボウムによる1935年の短編小説『Pygmalion's Spectacles』にゴーグル型のVRシステムが登場する[6]。これは、視覚、嗅覚、触覚の仮想的な体験をホログラフィに記録してゴーグルに投影するというシステムで、バーチャル・リアリティのコンセプトの先駆けとなった。
技術開発
- 1960年代
- 1962年に、映像技師のen:Morton HeiligがSensoramaというVR体験装置の試作機を開発した。これは視覚、聴覚、嗅覚、触覚を模擬する機械装置(デジタル・コンピュータ式ではない)であった。これは、コンピュータのGUIが開発され始めたころとほぼ同じ時期のことであった。
- 1968年に、ユタ大学のアイバン・サザランド によってヘッドマウントディスプレイ(HMD、頭部搭載型ディスプレイ)のThe Sword of Damoclesが開発されたもの[7]が最初のウェアラブル型のバーチャル・リアリティ装置であるとされる。
- 1970年代
- 1978年に、MITで初期のハイパーメディアおよびVRシステムであるen:Aspen Movie Mapが開発された。これはユーザが、仮想世界の中でコロラド州アスペンの散策を行うことができるというシステムであった。季節は夏か冬を選ぶことができた。初期のバージョンは実際に撮影された写真を張り合わせた世界であったが、3版目からは3Dコンピュータ・モデルによって仮想世界が再現された。
- 1980年代
- 1982年に、アタリはVRの研究チームを創設したが2年で解散した。
- 1989年にジャロン・ラニアーが設立したVPL Researchが発表したVR製品のデータ・グローブ (Data Glove)・アイ・フォン(Eye Phone)・オーディオ・スフィア (Audio Sphere) の紹介から「バーチャル・リアリティ」という言葉が一般的に使われ始めた[8]。
- 1990年代
- 1991年にイリノイ大学のElectronic Visualization LaboratoryのThomas DeFantiらによって、ウェアラブル型ではなく部屋の壁の全方位に映像を投影して没入環境を構築するVRシステムが提案された。CAVE [9](Cave automatic virtual environment、没入型の投影ディスプレイ)が有名である。
- 1992年7月21日から7月24日にかけて、NHKはNHK衛星第2テレビジョンで放送した『仮想現実遊戯大全―ゲーム・ワールドへの招待』内で、ゲーム業界関係者のインタビューを交えて、開発が進められているVRを使用したゲームや今後のゲーム業界について紹介した[10]。実際にアーケードゲームのVirtuality 2000(1991年)やジョイポリスに設置されたVR-1(1994年)、Sega VR(1994年)や家庭用ゲームのバーチャルボーイ(1995年)、PCゲームのVFX1(1995年)などが開発されたが、当時は表示画素が粗く、トラッキングの精度が不十分でコンピュータの処理能力が限られていたこともあり、本格的な普及には至らなかった[11]。
- 1994年には、VRデータ用のファイルフォーマットVRMLが開発された。
- 1997年にはCABINが東京大学インテリジェント・モデリング・ラボラトリーに設置され、2012年まで、15年間にわたり運用された[12]。岐阜県各務原市のVRテクノセンターには6面を大型スクリーンで囲んだCOSMOSが設置された[13][14]。
- 1990年代から2000年代初頭にかけて、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)は仮想現実の表示デバイスとしては適さないと評価された時期があり、この種の投影型表示装置と液晶シャッタグラスを組み合わせて没入型デジタル環境を実現して仮想現実の研究の発展に貢献した時期があったものの、装置が大がかりで設置するための空間や維持費がかかることもあり、近年では一部を除き、下火になりつつある[15]。
- 2000年代
- 2007年にGoogleがグーグルマップに全方位パノラマ撮影されたストリートの風景を体験できるストリートビュー機能を追加した。
- アメリカでは軍隊でパラシュートの訓練などにHMDが使われ始めた。
- 2010年代
- 2010年にGoogleがグーグルマップに3Dモデルを追加した。
- 2012年後半に登場したOculus RiftからVRへの投資は加速した[16]。
- 2016年はValve CorporationのSteamVR規格対応の「HTC Vive」、スマートフォンを装着して使う"モバイルVR"であるGear VRに対応した『Minecraft』が発売された[17](簡易のGoogle Cardboardや一体型のオールインワンVRもある[18])。さらにPlayStation 4と接続するHMDデバイス「PlayStation VR」の登場もあり、VR元年といわれている[19][20]。
- 2017年には、世界三大映画祭の一つであるヴェネチア国際映画祭で世界に先駆けて『VR部門』を設立。日本のVR映像作品としてはアニメーション制作会社のプロダクション・アイジーが手がけたVR映像作品『攻殻機動隊 新劇場版 Virtual Reality Diver』が初の正式招待[21]。
- 2019年に日本ではNTTメディアサプライが、音楽ライブを高画質・マルチアングル・立体音響で体感できるスマートフォンアプリ「REALIVE360」を開発し、ももいろクローバーZをはじめとするアーティストのライブがコンテンツ提供されている[22]。
特性
現代のバーチャル・リアリティは、3次元の空間性、実時間の相互作用性、自己投射性の三要素を伴う(Presence/Interaction/Autonomy)。
視覚、聴覚、味覚、嗅覚、前庭感覚、体性感覚など、多様なインタフェース(マルチモーダル・インタフェース)を利用する。
VRゲームの分野では、VR酔い対策のガイドラインがある[23]。
現時点で実用化できるのは視覚と聴覚のみであり、操作はコントローラで行うことになる。肉体で操作することもできるが本質的には変わっていない。
フィクション作品のように意識も肉体も完全にその世界に入り込むことは実現のめどが立っていない。また、現実世界よりも体感時間を遅らせる理論も提唱されていない(光速に近い速度で移動すると時間の流れが早くなるが、必要なのはその逆である)。
注釈
出典
- ^ NTT docomo, ITトレンド用語、バーチャル・リアリティ
- ^ [https://www.merriam-webster.com/dictionary/virtual%20reality Merriam-Webster, virtual reality.
- ^ “米家電見本市「近未来」の仮想現実や自動運転が続々”. 産経ニュース (2022年1月5日). 2022年1月5日閲覧。
- ^ “VRとは - IT用語辞典”. 2016年5月11日閲覧。
- ^ “「VR=仮想現実」ではない? VRの“第2次ブーム”で世界はどう変わる (1/3)”. 2016年5月11日閲覧。
- ^ “Pygmalion's Spectacles”. Project Gutenberg. 2014年9月21日閲覧。
- ^ Sutherland, I.E.. “The Ultimate Display”. Proc. IFIP 65 (2): 506-508, 582-583.
- ^ “知覚的リアリティの科学 (2)バーチャルリアリティ――リアリティをつくり,変える技術”. 2016年5月11日閲覧。
- ^ Cruz-Neira, C.; Sandin, D.J.; DeFanti, T.A. (1993). "Surround-Screen Projection-Based Virtual Reality: The Design and Implementation of the CAVE". Proceedings of SIGGRAPH '93 Computer Graphics Conference. SIGGRAPH '93 Computer Graphics Conference. ACM SIGGRAPH. pp. 135–142.
- ^ 「流行語VRをテーマに TVゲーム開発を探る NHK衛星が4夜にわたって特集番組」『ゲームマシン』(PDF)、第435号(アミューズメント通信社)、1992年10月1日、9面。2021年3月12日閲覧。
- ^ “PSVRを機に振り返るVR・立体視ゲームの歴史(その2)”. 2017年1月13日閲覧。
- ^ さよならCABINシンポジウム(2012年12月18日火)
- ^ 株式会社VRテクノセンター
- ^ COSMOS
- ^ HMDがダメだといわれた時代 - CABIN誕生
- ^ “西田宗千佳のRandomTracking 特別編:「バーチャルリアリティー」の歴史を俯瞰する 全ては1960年代から。「Oculus」の衝撃とその未来”. 2016年5月11日閲覧。
- ^ “石井英男の「週刊Gear VR」(第1回): 据え置き機と遜色なし! 「GALAXY×Gear VR」で気軽に楽しめる“VR”の世界 (1/3)”. 2016年5月11日閲覧。
- ^ “西田宗千佳のRandomTracking PC一体型HMDも登場。“VRに本気”のAMDが示す「スマホの次は没入感の時代」”. 2016年5月11日閲覧。
- ^ “ニュースでよく見る「バーチャルリアリティ」ってどんなもの?”. 2016年5月11日閲覧。
- ^ “Access Accepted第496回: VRゲーム市場は立ち上がるか?”. 2016年5月11日閲覧。
- ^ プロダクション・アイジーが手がけたVR作品がベネチア国際映画祭VR部門から正式招待
- ^ REALIVE360公式サイト
- ^ “VR 酔い対策の事例”. 2016年5月11日閲覧。
- ^ “VRヘッドセットOculus Riftがまた大幅値下げ。Touchセットで5万円、半年前の半額以下”. 2020年1月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年7月12日閲覧。
- ^ “11 new PS VR2 games announced: The Dark Pictures: Switchback VR, Cities VR – Enhanced Edition, Crossfire: Sierra Squad and more” (英語). PlayStation.Blog (2022年11月2日). 2022年12月10日閲覧。
- ^ “VR eスポーツまとめ!VRのeスポーツ競技は何がある? | VR Inside”. vrinside.jp (2020年1月4日). 2022年6月26日閲覧。
- ^ “日本初!eスポーツ観戦ができるバーチャル空間「V-RAGE」アジア最高峰のeスポーツ国際大会「RAGE ASIA 2020」開催に合わせて正式ローンチ。外観や演出がアップデート!”. プレスリリース・ニュースリリース配信シェアNo.1|PR TIMES. 2022年6月26日閲覧。
- ^ “日本IBMと順天堂大学、医療メタバースで共同研究”. 日経速報ニュースアーカイブ. (2022年4月13日)
- ^ “「メタバースで病院運営」 東南アジア、遠隔医療の未来”. 日経速報ニュースアーカイブ. (2022年2月22日)
- ^ “心の不調、ゲーム・VRで治療”. 日本経済新聞. (2020年8月27日)
- ^ 不二門尚 (2012). “小児の両眼視と3D”. 日本視能訓練士協会誌 41: 19-25.
- ^ VRによる斜視リスクに“企業はどう対策しているのか”を聞いた
- ^ 健康のためのご注意
- ^ VR酔いを防ぐにはどうしたらいいのか?
- ^ サイゲームス社長・渡邊耕一氏が『M∀RS』を語る! 「いまのサイゲームスがあるのは『ANUBIS』を遊んだおかげ」 - [ファミ通]
- ^ 高価格帯VRヘッドセット、普及が足踏み
- ^ 大越章司「2022年はついにVR/AR普及の年となるのか:Mostly Harmless:オルタナティブ・ブログ」
- ^ WallS treet Journal, MIRIAM GOTTFRIED(2017年5月22日) 「VRヘッドセット、なぜ売れないのか[2] 」
- ^ 米国の大手VRメディアがVRへの3つに懸念に反論。「失敗した3Dテレビ、バーチャルボーイとは違う」 - Mogura VR News
- ^ 中国VRスタートアップの9割が倒産 中国のVR産業は崩壊するのか?
- ^ さよなら、Google――彼らは本当にVRから撤退するのか? - Mogura VR News
- ^ スマホでVRは終焉へ、グーグルはなぜ失敗したのか(2ページ目) | 日経クロステック(xTECH)
- ^ アップルの“新しいVRデバイス”は、新たなテクノロジーの波の到来を占う試金石になる
- ^ “【VRヒストリー】The Eyephonesの続き。超人気劇団の戯曲が描いた「VR」とは何か - VRonWEBMEDIA(ヴイアール・オン)”. 2021年4月3日閲覧。
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- ^ Savage, Emily (2010-10-20). "Renaissance man: Berkeley resident is a musician, a Web guru and the father of virtual reality". j. the Jewish news weekly of Northern California. Archived from the original on 2011-03-06.
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- ^ a b c d 谷 卓生「VR=バーチャルリアリティーは,“仮想”現実か~“virtual”の訳語からVR の本質を考える~」
- ^ 舘 暲 (12 2005). “第10回を記念する新字(ばーちゃる)の提案”. 日本バーチャルリアリティ学会誌 10 (4): 18-19 .
- ^ “日本バーチャルリアリティ学会第11回大会 大会長挨拶”. 2007年11月24日閲覧。
- ^ バーチャルリアリティ学. 日本バーチャルリアリティ学会. (2011)
- ^ “高橋幸治のデジタルカルチャー斜め読み ― 第22回 VRが盛り上がり始めると現実に疑問を抱かざるをえない”. 2016年5月11日閲覧。
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