過酷事故対策の不備
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/07 08:52 UTC 版)
「福島第一原子力発電所事故」の記事における「過酷事故対策の不備」の解説
日本では事故前、原発事故の原因として自然災害などの外部事象を想定せず、発電所内のトラブルや設計ミスだけを想定していた。また過酷事故対策は電力会社の自主性に任されていた。原子力政策を管轄する原子力安全委員会は従来、長時間の全交流電源喪失(SBO)の防止や、全交流電源喪失の発生後の対処を想定した、是正勧告をメーカーや電力会社に形式上は行ってはいたが、有名無実であり、実際には特に対策はされなかった(これはゼネラル・エレクトリック(GE)はじめ原子炉メーカー数社の本国、アメリカ合衆国など、他国においてはこの限りではない。「原子力安全委員会#原発における長時間の全電源喪失は、日本では想定外」も参照)。 『産経新聞』や『東京新聞』によると、米国のカーネギー国際平和財団は2012年3月6日、原子力安全・保安院や東京電力が国際的基準に沿って津波などに対する安全対策を強化していたならば事故は防げたとする専門家の報告書を発表した。諸外国の対策と国際原子力機関(IAEA)の指針を示し「日本は国際基準や対策事例の導入が遅れており、これが事故の原因となったことを示す証拠が多くある。なぜ津波のリスクを過小評価したのかを探るのが最も重要な課題だ」と指針を満たしていなかったと指摘し、福島第一原子力発電所は他国の原発に比べて電源喪失による被害が起きやすかったとしている。 事故直後より、東北電力女川原子力発電所および日本原子力発電東海第二発電所が過酷事故に至らなかったことと比較する動きが、インターネット上で見られた。その結果、東北電力が震災前から発行していた女川原子力発電所の震災・津波に対する評価の資料で、近代観測が始まる以前の文献に遡って評価し、現立地が選ばれたことが知れ渡り、それに対して、福島第一原子力発電所では津波対策を怠っていたとして東京電力は激しい非難の矢面に立たされることになった。東北電力はその後、2014年に震災発生前の震災・津波の評価と実際の震災発生時の被害をまとめた総括資料を発行したが、その中に、東京電力を強く非難した内容をも盛り込んでいる。 『産経新聞』のインタビューで、1999年までIAEAの事務次長を務めた原子力工学専門家ブルーノ・ペロードは、1992年に東京電力に対して、福島県に設置されているMark I型軽水炉の弱点である格納容器や建屋を強化し、電源や水源を多重化し、水素爆発の防止装置を付けるように、などと提案したが、東京電力の返答は、GE社から対策の話が来ないので不要と考えているというもので、以後も対策は採られなかったという。また、2007年のIAEA会合で東京電力に対し、福島県内の原発は地震や津波対策が不十分だと指摘した際、東京電力は「対策を強化する」と約束したものの、津波対策をしなかった。ペロードは、この事故は天災ではなく人災で「チェルノブイリ原発事故はソ連型事故」「福島原発事故は東電の尊大さが招いた東電型事故」と指摘した。 また、東海大学教授の高木直行は東京電力に勤務していた際、当時の上司だった吉田昌郎と共にフィルター付きベント(ドライベント)を設置するべきか検討作業を行ったが、圧力抑制室にてウェットベントを実施すれば問題は無いとしてフィルターベントを不要と判断したという。 2006年10月27日、衆議院議員吉井英勝(京都大学原子核工学科卒業、日本共産党)は、国会質問で当時の原子力安全委員会委員長の鈴木篤之に対して、福島第一原子力発電所を含む43基の原子力発電所は、地震によって送電線が倒壊したり、内部電源が故障したりすることで引き起こされる電源喪失状態、または大津波に伴う引き波によって冷却水の取水が不可能になるといった理由で炉心溶融に至るのではないか、そうなった時どう想定しているのかと質問した。これに対し鈴木篤之は、電源喪失状態となり燃料溶融に至る事故は非常に低い確率論としては存在すると答え、吉井に対して、電力会社には、さらに激しい地震の影響を想定させると約束した。吉井は同年12月13日にも、『巨大地震の発生に伴う安全機能の喪失など原発の危険から国民の安全を守ることに関する質問主意書』を内閣に提出し、原発の最悪の事故を念頭に、津波の引き潮により冷却水が喪失する可能性の指摘や、非常用ディーゼル発電機の事故によりバックアップが機能停止した過去事例の提示要求などを行ったが、当時の内閣総理大臣安倍晋三は「我が国において、非常用ディーゼル発電機のトラブルにより原子炉が停止した事例はなく、また、必要な電源が確保できずに冷却機能が失われた事例はない」と回答した。また、吉井は2010年4月9日にも衆議院経済産業委員会で同じ問題を取り上げたが、当時の経済産業大臣の直嶋正行(民主党)は「多重防護でしっかり事故を防いでいく、メルトダウンというようなことを起こさせない、このための様々な仕組みをつくっている」と説明した。 2011年3月15日の米ABCによると、米ゼネラル・エレクトリック(GE)社の技術者Dale G. Bridenbaugh(和表記:ブライデンボー)は、1975年の時点で「Mark I」型原子炉では冷却装置が故障した場合に格納容器に動的負荷がかかることを勘案した設計が行われていないと次第に認識しつつ退社に至ったと語ったとのことである。その後は米原子力規制委員会と協力しながらMark I原子炉の廃止を訴え続けたと一部で報道されている。 同日の米紙『ニューヨーク・タイムズ』によると、福島第一原発など日本にも9基ある「Mark I」型軽水炉について、アメリカ合衆国原子力規制委員会(NRC)は1972年、格納容器が小さいことを問題視した。水素がたまって爆発した場合、格納容器が損傷しやすいとして「使用を停止すべきだ」と指摘していたことを報じた。 2011年3月16日のブルームバーグによると、NRCは20年前に、GE社製Mark I型を含むいくつかの原子炉は、地震被害により付帯設備(非常用ディーゼル発電機、貯水タンクなど)の故障が起きて、高確率で冷却機能不全が起こると内部文書『NUREG-1150』で警告しており、2004年6月に原子力安全・保安院が公表した資料『リスク情報を活用した原子力安全規制の検討状況』の中でもその内容が紹介されているという。この記事中インタビューにおいて、元日本原子力研究所研究員で現在は核・エネルギー問題情報センターの事務局長を務める舘野淳は、NRCのリポート『NUREG-1150』が提示したリスクへの対応策について「東電は何も学ばなかったのか?天災が非常に希であり、想定外の規模であれ、言い訳は許されない」などとコメントした。 また同日の『読売新聞』によると、露独占事業研究所の研究員は報道各社のインタビューに応じ「2004年のスマトラ島沖地震など強大な地震が起こったのに、事業者は原子炉だけでなく、冷却装置などの関連施設の強化を怠った」と地元の新聞に述べた。 2011年3月17日、チェルノブイリ原子力発電所事故の被害者団体「チェルノブイリ同盟ウクライナ」(キエフ)代表の元原発技師のユーリー・アンドレエフは共同通信社など報道各社のインタビューに応じ「チェルノブイリ原発事故では、4号機爆発の影響で漏れた冷却水が隣の2号機に入り込み、冷却装置やバックアップ電源のシステムが故障したが、辛うじて連鎖事故を回避した。福島第一原発は電源装置がチェルノブイリ同様に原子炉の直下にあり、津波などの水が入り込めば電気供給やバックアップシステムが壊れる。チェルノブイリ事故後も電源供給体制を見直さなかったのは残念」と述べた。 2011年3月22日の『読売新聞』によると、2007年2月、静岡地方裁判所での証人尋問で非常用発電機や制御棒など重要機器が複数同時に機能喪失することまで想定していない理由として「割り切った考え。すべてを考慮すると設計ができなくなる」と証言した内閣府原子力安全委員会委員長の班目春樹は、「当時の原子力安全委員会としての見解ではあったが、今は個人的に責任を感ずる」と答弁し謝罪した。3月22日の参議院予算委員会での社民党党首、参議院議員の福島瑞穂の質問に対するものである。 2011年3月23日付の『東京新聞』で、1970年 - 1980年頃に4号機を除く5機の設計や安全性の検証を担った東芝の元技術者達は、「事故や地震でタービンが壊れ飛び原子炉を直撃する可能性を想定し、安全性が保たれるかどうかを検証した。M9レベルの地震や、航空機墜落で原子炉に直撃する可能性を想定するよう進言したが、『千年に一度のことを想定する必要は無い』と一笑に付され、起こる可能性の低い事故は次々に想定から外された。当時は『M8以上の地震は起きない』と言われ、大津波は設計条件に与えられていなかった」「今回のような大津波やマグニチュード9の地震は、想像もできなかった」などと語ったと報じている。なお1980年代の米国内、原子力規制委員会(NRC)でも同様に、電力業からの圧力でNRC技術者の災害リスク提言は委員会内で相次いでもみ消されていったとのことであり、当時の国際的な流れであったことが窺える。 2011年6月9日付の『しんぶん赤旗』によると、日本共産党の吉井英勝議員は2011年5月27日の衆院経済産業委員会で、福島第1原発事故に伴うGE社の製造者責任を追及。外務省の武藤義哉審議官は「現在の日米原子力協定では旧協定の免責規定は継続されていない」と答弁し、協定上は責任を問うことができるとの見解を示した。しかしながら米国側の反応としては3月15日付の『ニューヨーク・タイムズ』に見られるように「GEの責任は限定的」という論調が目立っている模様である。 福島第一原発事故発生以前、原子力安全基盤機構が製作したシミュレーションアニメが存在する。当時の政府・経済産業省のメルトダウン・メルトスルーに対する認識度が窺える。
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