天文単位 天体の距離の探求

天文単位

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天体の距離の探求

古代ギリシアとアラビア

太陽や月までの距離を知る試みは古代ギリシア時代から行われてきたが、天上の単位と地上の単位とを結びつけることは容易ではなかった。太陽と月との距離の比を求めたアリスタルコスも、それらの日常の単位での値を得ていない[30]

プトレマイオス(トレミー)とパップスは、紀元前2世紀のギリシアのヒッパルコス日食の見え方が各地で異なることを利用して地球の半径を基準とした月や太陽までの距離を見積もっていたことに言及している。ヒッパルコスが求めた太陽までの距離は地球半径の 490 倍以上というものであった(実際の値は約 23500 倍)。ヒッパルコスの著作そのものは現存しておらず、その具体的な算出方法は伝えられていないが、断片的言及から現在ではその巧妙な幾何学的方法がほぼ再構築されている[31]

やはりその著作は失われているが、クレオメデスによれば、ポセイドニオスも紀元前90年ごろに月と太陽までの距離を評価している。ポセイドニオスは地球の影を円柱だと考え、月食の影の大きさから月が地球の半分の直径をもつとした。さらに月の見かけの大きさと、知られていた地球の大きさから地上の単位で月までの距離を見積もった。その5百万スタディオンという値は、実際より 2.1 – 2.6 倍過大であった[32]。これは地球の影を円錐だと考えず、月を実際のおよそ2倍の大きさだと見積もったことによる。一方で太陽までの距離の見積もりは根拠に乏しい推測的なものにとどまっている[33]

2世紀のプトレマイオスは『アルマゲスト』の中で、天球に囲まれた天動説にもとづく詳細な宇宙像を構築した。プトレマイオスはアリスタルコスやヒッパルコスの観測と幾何学的推論、さらに独自の推測をまじえて、太陽や月のみならず、惑星までの距離を見積もっている。そこでは例えば、月の平均距離が地球半径の 48 倍、太陽が 1210 倍、土星が 17026 倍などとされた[34]。こうして確立された宇宙像はギリシアとヘレニズム文化を継承したアラビアへと伝わった。中でも9世紀の天文学者アル=バッターニーはプトレマイオスの宇宙像を詳細に研究し、太陽の平均距離が 1108 倍などとしている[35]。これらの宇宙像はその後ヨーロッパへと伝わり、中世にかけて大きな権威をもつものとみなされることになった。

太陽までの距離の観測の年表

スロベニア語版 Astronomska enota の一部を日本語化したものである。

太陽までの平均距離*
(地球の軌道長半径)
観測年 観測者 観測方法 出典
月の18 – 20倍 紀元前265年? アリスタルコス 月の離角から [a]
490 地球半径以上 紀元前136年? ヒッパルコス 日食の観測から [a]
1210 地球半径 150年? プトレマイオス 複合的な幾何学的方法 [a]
1108 地球半径 890年頃 アル=バッターニー プトレマイオスの検証 [a]
87.7 1630年頃 ゴドフロイ・ウェンデリン アリスタルコスの方法 ?
93.8 1639年 エレミア・ホロックス 金星の太陽面通過 ?
40 1665年 ジョヴァンニ・バッティスタ・リッチョーリ ?
109.8 1672年 ジョヴァンニ・カッシーニ ?
138.4 1672年 ジョヴァンニ・カッシーニ
ジョン・フラムスティード
?
1716年 エドモンド・ハレー ?
138.5 (129.2) 1752年1751年 ニコラ・ルイ・ド・ラカーユ ?
153.1(?) 1761年 ジェームズ・ショート ?
152.500 1825年 ヨハン・フランツ・エンケ ?
149.50 1862年 レオン・フーコー ?
146.83
147.32
1862年 ?
147.49 1863年 ペーター・ハンゼン ?
147,00 1863年 ユルバン・ルヴェリエ ?
148.990
153.5 ± 6.65
1864年 カール・ポワルキー ?
1874年 ジョージ・エアリー
デービッド・ギル
?
149.84 1877年 ディビッド・ギル ?
149.50±0.17 1879年 アルバート・マイケルソン
サイモン・ニューカム
?
150.184±0.686
148.179±2.002
1882年 ジョージ・エアリーら ?
1889年 デービッド・ギル ?
149.670 1895年 サイモン・ニューカム ?
149.500 ± 0.050 1896年 IAU ?
149.464 1901年 デービッド・ギル ?
149.397 ± 0.016 1901年 アーサー・ヒンクス ?
1912年 S. S. Hug ?
149.413 1924年 ハロルド・スペンサー=ジョーンズ ?
149.447 1927年 ウィレム・ド・ジッター ?
149.462 ± 0.060 1928年 ハロルド・スペンサー=ジョーンズ ?
149.566 ± 0.034 1929年 ハロルド・スペンサー=ジョーンズ ?
149.668 ± 0.017 1931年 ハロルド・スペンサー=ジョーンズ ?
149.549 ± 0.221 1911年–1936年 グリニッジ天文台 ?
149.453 1938年 ウィレム・ド・ジッター ?
149.422 ± 0.119 1941年 ウォルター・シドニー・アダムズ ?
149.670 1948年 ジェラルド・クレメンス ?
149.550 ± 0.014 1960年 パイオニア 5 ?
149.592 ± 0.006 1961年 電波観測 ?
149.674 ± 0.017 1964年 ?
149.600 1964年 IAU ?
149.598 ± 0.000 680 電波観測 ?
* 断りのないものは100万 km (109 m) 単位
[a] - Van Helden (1985)

符号位置

記号 Unicode JIS X 0213 文字参照 名称
U+3373 - ㍳
㍳
SQUARE AU

2014年以降の国際単位系における単位記号は、au であるが、Unicode における記号は AU のままである。


  1. ^ 2006年の国際単位系文書では、「距離(distance)の単位」とされていたが、2019年の国際単位系文書では、「長さ(length)」の単位となった。
  2. ^ SI国際文書第9版(2019) p.114、表8
  3. ^ 9th edition of the SI Brochure (French and English) 2019”. BIPM. p. 145 (2019年5月20日). 2020年4月20日閲覧。
  4. ^ 国際単位系 (SI) は世界共通のルールです”. 産業技術総合研究所計量標準総合センター. p. 5. 2020年4月20日閲覧。表-F SI単位と併用できる非SI単位
  5. ^ 国際文書第8版 (2006) 国際単位系(SI)日本語版 (SI補遺による修正前の)p. 38の表7における単位記号は ua となっている。
  6. ^ JIS Z 8000-3:2014日本産業標準調査会経済産業省) (ISO 80000-3:2006)、p. 9、付属書 C(参考)、その他の非SI単位及びその換算率 3-1.C.b 記号が 「ua」 となっている。 換算率として 1.49597870691(30)×1011 m を採用しており、データとしても古いものである。なお、標準不確かさを示す(30)の値は疑問である。
  7. ^ 実際の惑星軌道は、他の天体重力の影響(摂動)を受けてさらに歪んでいる
  8. ^ XVIth General Assembly (PDF)”. Resolutions adopted at the General Assemblies. International Astronomical Union (1976年). 2010年11月7日閲覧。 Recommendation 1: IAU (1976) System of Astronomical Constants.
  9. ^ 国際単位系 (SI) 8版 (2006), 表7 注(d) (p. 38).
  10. ^ 1800年から2050年までの地球の軌道を楕円軌道として近似したときの値: Standish, E. M.. “Keplerian Elements for Approximate Positions of the Majore Planets (PDF)”. Solar System Dynamics. NASA JPL. 2010年11月7日閲覧。
  11. ^ IAU 2009 General Assembly, Resolution B2. IAU WG on NSFA: Current Best Estimates” (2009年). 2009年12月8日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2010年11月9日閲覧。
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  12. ^ 荒木田・福島 (2008) pp. 518–521.
  13. ^ The International System of Units, Supplement 2014:Updates to the 8th edition (2006) of the SI Brochure”. BIPM. p. 13 (2014年6月). 2020年4月20日閲覧。Table6(英語版)
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  15. ^ SI国際文書第8版(2006)、p.38、表7
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  24. ^ E. M. Standish
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  27. ^ 荒木田・福島 (2008) p. 522.
  28. ^ 荒木田・福島 (2008) pp. 521–522.
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    Miura, Takaho, Hideyoshi Arakida, Masumi Kasai, and Shuichi Kuramata (2009). “Secular increase of the Astronomical Unit: a possible explanation in terms of the total angular momentum conservation law”. Publications of the Astronomical Society of Japan 61 (6): 1247–1250.  (arXiv: 0905.3008)
  30. ^ Van Helden (1985) p. 9.
  31. ^ Neugebauer, Otto. A History of Ancient Mathematical Astronomy. Book 1 (3 volumes). New York: Springer-Verlag. pp. pp.325–326. ISBN 0-387-06995-X 
    Van Helden (1985) pp. 10–13.
  32. ^ 1 スタディオンを 160 – 200 メートルとした場合。
  33. ^ Van Helden (1985) pp. 13–14.
  34. ^ Van Helden (1985) pp. 16–27.
  35. ^ Van Helden (1985) pp. 31–32.






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